辻仁成からレーモン・オリヴィエへ
私は食べることが好きだ。居酒屋やレストランで食べるのも好きだし、自分で作るのも楽しい。料理の本もよく買ってきては、自分で作る場合を考えながら読む。「これなら作れる」とか「これは材料が揃わない」とか言いながら。
私は食べることが好きだ。居酒屋やレストランで食べるのも好きだし、自分で作るのも楽しい。料理の本もよく買ってきては、自分で作る場合を考えながら読む。「これなら作れる」とか「これは材料が揃わない」とか言いながら。
スペインのオリベル・ラシュ監督の『シラート』を劇場で見た。あっと驚く展開で、まさかまさかと続いてゆく。もともとこのブログではネタばれはあまり気にしていないが(映画はネタではないので)、今回はこの展開を書かないと論じることは無理なので書く。ネタが好きな人は読まない方がいいかも。
地下鉄に乗ると、周囲が全員スマホを触っていることがある。チラリと見ると、男はゲームが多く、女はSNSが多数。あるいは漫画やドラマも増えた。私は電車の中では急ぎで何かを確認する時以外は、スマホは触らない。本を取り出して読む姿は、ほぼ宇宙人かもしれない。
是枝裕和監督の『箱の中の羊』を劇場で見た。カンヌの評論家たちの「星取表」で最低に近いくらい評判が悪かった作品だが、ならばなおさら見たいと思った。そもそも映画祭の「星取表」はあまり当てにならないし。
所属する学会の大会に出席するために、久しぶりに名古屋に行った。1990年代にはたぶん6、7回は行ったと思う。愛知芸術文化センターの美術館で展覧会をやったり、同センターの映像ホールでジョルジュ・メリエス作品約80本を上映したり。あるいは名古屋市美術館や松坂屋美術館に打ち合わせに行った。
台湾の陳玉勲(チュン・ユーシュン)監督の『霧のごとく』を劇場で見た。この監督は『1秒先の彼女』のふざけ具合がどうも合わなかったのでどうしようかと思っていたが、信頼する評論家が2度見たと書いていたので見に行った。
金子修介監督はデビュー作の『宇能鴻一郎の 濡れて打つ』(1984)を公開時に見てから何本かは見ている。10年ほど前に一度だけ本人とほんのちょっと会ったが、イメージ通りの優しそうな方だった。さて、今回彼の『無能助監督日記』を読んだのは、どこかネットでこの本をほめていた文章があったから。
マイク・フラナガン監督の『サンキュー・チャック』を劇場で見た。ある男の人生をめぐって時代を遡る映画とどこかで読んで見たくなった。スティーブン・キングの原作というのもあった。
6月14日まで国立西洋美術館で開催のチュルリョーニスの個展を見た。このリトアニアの画家の個展はかつて池袋にあった西武美術館で見たはずだが、その時はもうセゾン美術館と呼んでいたかもしれない。
昨夏、久しぶりに出た小学校の同窓会で同級生O君と話したら、かなりの映画好きになっていた。その時に勧められた映画『ウォーフェア 戦地最前線』がよかったので、また彼のおススメの『廃用身』を見に行った。吉田光希監督の名前は聞いたことがあるが、1本も見ていない。
ケン・ローチ監督の『オールド・オーク』を劇場で見た。3年前のカンヌのコンペに出た作品だが、買った配給会社の経営が難しくなって別の会社が配給したと聞いた。いずれにせよ、今年90歳の監督のおそらく最後の作品だろう。
四方田犬彦さんの新著『映画誌への招待』を読んだ。これは1998年に出した『映画史への招待』に書き足したもので、ほかの本の一部や学会発表が加わり、Ⅲ2「「映画史から「映画誌へ」が」が書き下ろし。
カンヌで女優賞を受賞したので濱口竜介監督『急に具合が悪くなる』について書きたい。6月19日公開だが、カンヌ前に試写で見ていた。今回は少し前に戻った気がした。『ハッピーアワー』とか『寝ても覚めても』のような、見ていると不思議なことに画面に吸い込まれてゆく感じがあった。ある種のマジックと言ったらいいのか。
少し前のことになるが、国立映画アーカイブの「発掘された映画たち」で吉村公三郎監督の『暖流』最長版を見た。これは1939年の初公開時は前後扁2部作・177分だったが、戦後に再編集された124分の短縮版が流通しており、私もそれを見ている。どこかにDVDも持っている。
梶原阿貴著『爆弾犯の娘』をようやく読んだ。私はもともと学生運動の話が好きで、1968年の日大や東大の闘争のみならず、あさま山荘事件もよど号事件も三菱重工爆破事件も気になる。三菱事件は韓国の女性監督が撮った『狼をさがして』というドキュメンタリーを見たし、桐島聡が名乗り出た直後に死んだ時は妙に興奮した。
先日書いたイタリア映画『地底への旅』(2021)の監督、ミケランジェロ・フラマルティーノは、長編はたったの3本しか作っていない。数年前に見た『四つのいのち』(2010)の前の長編デビュー作が『おくりもの』(2003)である。
画家や彫刻家ではなく、小説家や学者を扱った小さな展覧会を立て続けに2つ見た。一つは学習院ミュージアムで今日16日(土)まで開かれている「RE:辻邦生―いま、ふたたび作家に出会う」で、もう一つは早稲田大学中央図書館で明日17日(日)までの「飯島正、ある活動狂の面影」。
先日書いた2本以外に見たのはベテランの3本で、リッカルド・ミラーニ『人生はそういうもの』、フェルザン・オズペテク『ダイヤモンド 私たちの衣装工房』、ジャンフランコ・ロージ『ポンペイ、雲の下に生きる』。
例によって自宅近くの書店「かもめブックス」で買ったのが、文庫の穂村弘編『近現代短歌』。この編者はエッセーで名前は知っていたが、「歌人」らしい。いずれにせよ、私と同世代の歌人が選ぶ明治以降の短歌というので買ってみた。
少し前になるが、東京日仏学院でオリヴィエ・アサイヤスの『感傷的な運命』(2000)を見た。かつてたぶん同じ場所で見た時は本当に傑作だと思ったけれど、日本では劇場公開されずフランスでもさほど評価されていなかったと思う。
ギィ・ジル監督の『オー・パン・クペ』(1967)の印象が鮮烈だったので、最初の長編『海辺の恋』(1963)を見ることにした。初期ヌーヴェル・ヴァーグの代表的男優、ジャン=ピエール・レオ―とジャン=クロード・ブリアリが出ていると聞いたので。
サントリー美術館で6月21日まで開催中の「河鍋暁斎の世界 ゴールドマン コレクション」を見た。この画家は私が新聞社勤務時代に同僚が展覧会をやっていたし、これまで何度か展覧会も見たのでよく知っていると思っていたが、今回久しぶりに見ると抜群におもしろかった。
ヴェネツィア国際映画祭にはもう行かなくなったし、東京国際映画祭さえも見る本数は減った。この歳になると、「映画祭」で大量に新作映画を見てもしょうがないという思いは強くなる。それでも「イタリア映画祭」は自分が始めたせいか、やはり気になる。
藤元明緒監督の『LOST LAND/ロストランド』を初日の劇場で見た。配給会社の方に会うので普通は初日には行かないが、出演しているロヒンギャの子供たちがオンラインでトークに参加すると聞いて、興味がわいた。
『これって生きてる?』という題名にはおよそ見る気は起きなかったが、俳優でありながら『アリー/スター誕生』のような秀作を監督したブラッドリー・クーパーだし、金曜夕刊各紙にもいい評が出ていたので、劇場に出かけた。
久しぶりに夏目漱石の本を読んだ。といっても、『私の個人主義』と題して講談社学術文庫から出ている講演集だ。全部で5つの講演が載っているが、あちこちに本音が出ていてどれもおもしろかった。
ギィ・ジル監督の『オー・パン・クーペ』(1967)を劇場で見た。先日ここに書いたリュック・ムレもそうだが、『ヌーヴェル・ヴァーグ 世界の映画を変えた革命』を書いた自分としては、そこで触れなかった監督は気になる。
『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』を劇場で見た。1950年代の実話を元にした卓球の話で、ティモシー・シャラメ演じる卓球の天才の決戦の相手が日本人と聞いて見たくなった。『Shogun』のように時代劇ならともかく、今のハリウッドが1950年代の日本人を描いたらどうなるのかと思った。
東京国立近代美術館で5月10日まで開催の「下村観山展」を見た。観山の名前は明治から戦前にかけて活躍した日本画家として名前は知っているし、作品もこの美術館や東京国立博物館の常設で見ているはずだが、個展を見たことがなかった。例えば一回りほど上の横山大観ならば、何度も大きな個展を見たのだが。
6月19日に公開されるイタリアのミケランジェロ・フランマルティーノ監督の3本のうち、『地底への旅』(2021)を試写で見た。この監督は既に2010年の『四つのいのち』が翌年に日本で公開されて、大いに気に入った私はこのブログにも書いている。
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