2018年12月15日 (土)

松涛美術館で廃墟の展覧会を見る

学生の映画祭で1週間渋谷のユーロスペースに通ったが、空いた時間に渋谷区立松涛美術館に足を運んだ。たまたま歩いていたら、1月31日まで開催の「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」展のポスターを見たから。

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2018年12月14日 (金)

学生の映画祭も8年目:その(3)

学生企画の映画祭「朝鮮半島と私たち」も今日で終わる。結果としては、8年目で過去最高の入場者数(たぶん2500人超)になりそうだ。それはすばらしいが、私としては「何も起こらなかった」ことに安堵している。

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2018年12月13日 (木)

めまいのする『今夜はひとりぼっちかい?』

高橋源一郎という小説家は、かつては『さよなら、ギャングたち』や『優雅で感傷的な日本野球』が大好きだったが、最近はエッセーしか読んでいない。今回読んだ『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』は、内容がごった煮的で小説かエッセーかもわからないが、ある種めまいのするような感覚があった。

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2018年12月12日 (水)

『マチルド、翼を広げ』の小さな魅力

1月12日公開のノエミ・ルヴォウスキー監督『マチルド、翼を広げ』の試写を見た。現在、学生の映画祭をやっているユーロスペースの地下で試写をやっていたのが行った一番の理由だが、これが隠れた宝石のような魅力を持っていた。

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2018年12月11日 (火)

学生の映画祭も8年目:その(2)

今回の映画祭「朝鮮半島と私たち」の目玉は、崔寅奎(チェ・インギュ)、方漢駿(パン・ハンジュン)共同監督の『授業料』(1940)。なにせ、初めて学生の映画祭で海外の映画アーカイブ(韓国)から借りてきたのだから。もちろん、学生がいきなりコンタクトしたわけではない。

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2018年12月10日 (月)

デュシャンの油絵を見る

マルセル・デュシャンと言えば、展覧会場に便器を並べた「レディメイド」だ。あるいは私のように映画史を教えていると、『アネミック・シネマ』という抽象的な映像になる。ところが先日、東京国立博物館で「マルセル・デュシャンと日本美術」展を見て驚いた。

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2018年12月 9日 (日)

学生の映画祭も8年目:その(1)

大学で学生企画の映画祭を始めて今年で8年目。教え始めたのが10年前だから、3年目の年から始めたことになる。去年は「映画と天皇」がテーマだったが、今年は「朝鮮半島と私たち」とさらに切り込んだ内容になった。

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2018年12月 8日 (土)

美人の話

年をとってわかるようになったこともあれば、永遠に謎のこともある。私にとって益々わからなくなってきたのが、「美人」というもの。ある女性を見たり、その写真を見てよく「美人ですね」と人は言う。私は「えっ、どこが?」と聞き返すことが多い。

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2018年12月 7日 (金)

『未来を乗り換えた男』の快い複雑さ

最近はあまり試写に行っていないが、久しぶりに1月12日公開の『未来を乗り換えた男』の試写を見た。監督はこれまで『東ベルリンから来た女』などを作ったドイツのクリスチャン・ペッツォルトで、この監督は2005年から3年間ドイツ映画祭をやった時に2本紹介した。

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2018年12月 6日 (木)

なぜか『月と六ペンス』を読む

私の高校の英語の授業で、半田先生はイギリスのサマセット・モームのエッセーをテキストに使っていた。その英文が当時の私にはかなり難解だったため、この小説家には長年マイナスのイメージが残っていた。その後、モームの名前を聞くたびに、初老の半田先生の渋い顔を思い出した。

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2018年12月 5日 (水)

『バルバラ』のめくるめく世界

「日経」の金曜映画面で中条省平さんが短評ながら4つ星で「必見の珍品」と書いていたのが気になって、マチュー・アマルリック監督の『バルバラ セーヌの黒いバラ』を劇場で見た。確かに「珍品」で、見ていて面食らうような、めくるめく世界が展開する。

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2018年12月 4日 (火)

久しぶりのムンク展

久しぶりにムンク展を見た。その前は30年近く前の出光美術館だと思う。新聞社の事業部に入った頃で、名義主催(新聞社の名前貸し)でオープニングに行った出光美術館は帝劇の隣にある。たまたま翌日は日本橋三越で別の展覧会のオープニングだったので、「今日は帝劇、明日は三越」と笑った記憶がある。

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2018年12月 3日 (月)

『ア・ゴースト・ストーリー』の心地よさ

学生に「おもしろい」と言われた映画は、できるだけ見に行くようにしている。最近言われて見たのはデヴィット・ロウリー監督の『ア・ゴースト・ストーリー』だが、何と映画通向けの渋い佳作だった。

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2018年12月 2日 (日)

デュラスとゴダールの謎の対談集

シリル・ベジャン編『ディアローグ デュラス/ゴダール全対話』がおもしろかった。小説家、映画監督のマルグリット・デュラスと映画監督のジャン=リュック・ゴダールの変人同士の言いたい放題の何度かの対談を集めたもので、2016年にパリで知り合った若い友人の福島勲さんが翻訳した。

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2018年12月 1日 (土)

ザンジバルからネストラーへ

たまに誰も見ないようなマイナーな映画を見たくなり、アンスティチュ東京やアテネ・フランセ文化センターに行く。最近同じ日に行ったのが、アンスティチュの「ザンジバル」特集とアテネのペーター・ネストラー監督特集。どちらも全く知らなかった。

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2018年11月30日 (金)

たまに「週刊朝日」を手に取ると

週刊誌でよく買うのは「アエラ」と「週刊文春」。先日「週刊朝日」を買ったら意外におもしろかった。「死後の手続き」という特集があったからだが、ほかのどうでもいい記事がおかしい。

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2018年11月29日 (木)

ベルトルッチが死んだ

夜、「ベルトルッチが死んだ」と聞いて、彼の『1900年』の冒頭に出てくる「ヴェルディが死んだ」という言葉を思い出した。イタリアのベルナルド・ベルトルッチ監督は、若い頃一番好きな監督だった。最初に見たのは、たぶん『暗殺のオペラ』(1970)で、大学2年生の時、福岡での自主上映を手伝って見た。

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2018年11月28日 (水)

『近代日本の150年』に考える

山本義隆著の新書『近代日本の150年―科学技術総力戦体制の破綻』を読んだ。今年の1月に出た本でその時に買っていたが、いかにも内容が重そうで本棚に積んだままだった。筆者の山本氏は元東大全共闘議長である。

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2018年11月27日 (火)

『バスキア、10代最後のとき』の描くニューヨーク

ニューヨークには、2度しか行ったことがない。1988年と2016年で、どちらも5泊ほど。最初に行った時はむやみに楽しかったが、2度目は物価が高すぎたせいか妙に落ち着かなかった。12月22日公開のサラ・ドライバー監督『バスキア、10代最後のとき』は、1980年前後の荒れたニューヨークを映し出す。

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2018年11月26日 (月)

母のお見舞い:その(3)

先月に九州の母のお見舞いに行った時は、脳梗塞の後で左半身が自由に動かなかった。だからベッドから立つことはできなかったが、普通に話せたし、自分で食事もできた。

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2018年11月25日 (日)

いよいよマニアックになった東京フィルメックス:その(4)

今回のフィルメックスの欠点は、1回しか上映がない映画が多いこと。公開が決まっている作品だけではなく、台湾の金馬賞を取ったばかりの『象は静かに座っている』なども1回の上映。そのうえ、夜9時15分からの上映も多いので、早寝早起きの私には無理。

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2018年11月24日 (土)

『おかえり、ブルゴーニュへ』の心地よさ

東京国際映画祭や東京フィルメックスで、アジアや「辺境の地」のきつい状況の映画ばかり見ていると、急にフランス映画やイタリア映画を見たくなる。何よりもその言葉を聞きたくなる。若い頃必死で学んだ言葉だから、聞くだけで体が反応する。

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2018年11月23日 (金)

目覚まし時計のない生活

目覚まし時計を使わなくなって、たぶん5年くらいたつ。こう書くと「大学は暇だから」と言われそうだが、週に2日は朝8時半に家を出ているし、年に4、5回の入試の時は8時前に出る。それでも目覚ましは使わない。

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2018年11月22日 (木)

いよいよマニアックになった東京フィルメックス:その(3)

今年のフィルメックスの2日目に「ラウンドテーブル:映画担当新聞記者と語る」というのがあった。誰が映画記者と語りたいかとも思ったが、登壇者が全員知り合いなので、「怖いもの見たさ」に行くことにした。こんなシンポを企画するのはフィルメックスならではだし。

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2018年11月21日 (水)

いよいよマニアックになった東京フィルメックス:その(2)

今年のフィルメックスは欧米の映画祭で賞を取ったものばかり、と昨日書いた。だが、ネットで出ている市山ディレクターのインタビューを読むと、少なくともロカルノやベネチアやトロントの賞はフィルメックスで選んだ後に決まったという。それならばすごい。

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2018年11月20日 (火)

いよいよマニアックになった東京フィルメックス:その(1)

今年の東京フィルメックスは、オーナーがオフィス北野から木下グループに変わった。もともとオフィス北野の森社長の「日本にも海外に誇れる映画祭が欲しい」という思いから始まった映画祭だから、どうなるか心配だった。

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2018年11月19日 (月)

都写美で展覧会2つ

恵比寿の東京都写真美術館がリニューアルして「TOPMUSEUM」と名乗るようになってから、どうも相性が悪い。その英語略称が恥ずかしいこともあるが、そんなことより昔に比べて「スカした」感じの展覧会が増えたような気がする。「写真」ではなく、「現代美術」として見せているような。

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2018年11月18日 (日)

映画で歴史を学ぶ

大学で映画を教えて10年目になる。映画史や映画理論や映画ビジネスを教えているが、最近気にしているのは「映画を通して歴史を教える」こと。昔は映画から映画以外の何かを学ぶのは邪道のような気がしていた。今は、ちょっとしたセリフの一つに歴史を感じる。

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2018年11月17日 (土)

ペドロ・コスタの不思議な言葉

若い友人の土田環さん編・訳の『歩く、見る、待つ ペドロ・コスタ映画論講義』を読んだ。ポルトガルのペドロ・コスタ監督の映画はヘンだ。だいたい貧民窟のようなところで、モソモソと生きている人々を描く。物語はあるにはあるが、奇想天外でよくわからない。

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2018年11月16日 (金)

「アジアにめざめたら」展に考える

私の自宅から一番近い美術館は、たぶん竹橋の東京国立近代美術館だ。ドア・ツー・ドア、つまり家の玄関を出て東近美の入口まで15分くらいか。だから、原稿が行き詰った時や、期末試験の採点で疲れた時にふっと出かける。

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