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2009年4月

2009年4月29日 (水)

イーストウッド

「春の受勲」とやらで、クリント・イーストウッドに「旭日中綬章」が決まったというニュースに苦笑した。硫黄島2部作が理由のようだが、あまりにも露骨ではないか。日本兵を偏見なく描いたことがいいというのか。映画とあいまって、まるで戦前の軍国主義が蘇るようなイメージが頭の中に広がった。
日本人をきちんと描いた映画なんていくらでもある。最近では「花の生涯 梅蘭芳」だってそうだ。「ラストサムライ」や「Sayuri」だって少しおかしいところはあったが、海外での日本ファンを増やすのには大きな役割を果たしたと思う。あるいは、外国の映画祭で日本映画を紹介したり、配給したりしている多くの外国人にも目を向けたらどうだろう。
2年前にフランスのシラク大統領がイーストウッドにレジオン・ドヌール勲章を与えたのは、別にフランス人を良く描いたわけではなく、彼の映画のすばらしさに敬意を表してという理由だった。かつシラク本人が彼に渡している。政治家がスターを利用するならこれくらいやらないと。日本兵をよく描いたからと、中くらいの勲章をせこく渡す日本政府は、幾重にも恥ずかしい。
それにしても早く「グラン・トリノ」を見に行かないと。

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ジャン=ポール・デュボア「フランス的人生」

フランスで出たこの本を翻訳した知人から送られてきたものだが、40歳も後半に差し掛かった自分には、かなり身に沁みた。何とか人生を乗り切ってきた疲労感とかすかな満足感。主人公ほどには奇想天外な事件は自分には起こっていないし、写真家や庭師のような絵になる職業についているわけではないけれど、小説に流れている雰囲気は共有している気がする。  小説は、1950年代後半から大統領ごとに章が区切られている。外国の政治家はかっこよく見えるけど、住んでいる人間にとってはミッテランもシラクもとんでもない存在だったのだとわかる。誰か佐藤栄作時代とか田中角栄時代とか、日本を舞台に同じような感じの小説を書いてくれないだろうか。ただ日本の場合、最近は首相が変わりすぎで、ある時代を象徴するのは無理かもしれないが。

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2009年4月28日 (火)

花田清輝

花田の映画論集「ものみな映画で終わる」を読み始めて、そのおもしろさに驚いた。なんとなく、戦後左翼の黒幕のような気がして、これまで避けていたのだが。デ・シーカの「靴みがき」を論じて、「すこぶるあやしげなふしぶしがあり」「とうてい、ローマの町などに実在しているしろものではない」と断じる爽快さがいい。チャップリンを時代遅れというのは間違いで、むしろルネ・クレールが遅れていると言い放つ。朝日新聞で映画評を書いていた津村秀雄をこきおろす。今の評論家にはこのように好きなものを好きという自由さはない。
高崎俊夫氏が編者だが、この方の最近の映画出版への貢献度は特筆すべきだろう。

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2009年4月26日 (日)

ルーヴル美術館展

今、東京で二つのルーヴル美術館展が開催されている。六本木の国立新美術館と、上野の国立西洋美術館。この2つの館は、組織上は独立行政法人国立美術館という同じ組織に属していることを考えるとどうなっているの、という気はするが、問題はもっと根深い。自分もその片方に少し係わったのであまりくわしくは言えないが、日本で同時に2つのルーヴル展をやる意味はあるのか、とあえて問いかけたい。

美術品は、それにふさわしい環境で見た時、最も美しく見える。よそから作品を借りてくる企画展は最近のはやりだが、美術にとってはマイナス面が多い。ルーヴルの名品を東京に持ってくるより、移動すべきは観客ではないのか。美術品は移動するごとに傷つき、摩耗する。企画展と称する移動展覧会は、観客にとっては遠くにあるものを見られて一見便利に見えるが、美術品は痛む。縁もゆかりもない会場で、お金をかけて特殊な照明を当てて展示ディスプレーを作って無理に美しく見せてどうするのだ。同じく上野で開催中の阿修羅展は、360度から見られると人気らしいが、本当なら興福寺で見やすく見せるべきだろう。

二つのルーヴル展では、上野の方が断然入っているようだが、個人的には六本木の子供をテーマにしたもののほうが、ずっといいと思った。西洋文明とは何かについて、いろいろ考えさせられる。

ルーヴルはこの二つの展覧会で、5億円以上の借用料を手にするらしい。その多くは観客の入場料からまかなわれる。そのお金があったら、日本の美術館の充実や、日本美術の修復に使えないかと、あらためて思う。

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2009年4月24日 (金)

「シネマトグラフ覚書」

ロベール・ブレッソンのこの本は、25年前に最初にフランスに行った頃、原語版を愛読していたものだった。実は自分で翻訳を出す最初の本と勝手に決めていて、少しだけ訳し始めていた。87年に翻訳が出たときは自分ができなかったことにがっかりしたせいかどうか、買っていない。数日前、初めて翻訳を買って(4刷で今も売っている)読み始めたが、かつての感動はなかった。もちろん松浦寿輝氏の翻訳はすばらしいものだが、どうも盛り上がらない。ブレッソンへの崇拝が、全部の映画を見てしまった今となってはいささか薄れたのだろうか。あるいは単に当時の怪しいフランス語力で懸命に読んでいたのが、かえってよかったのか。まるで俳句のような単文の連なりを、辞書を見ながら必死で読んでいた。

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「猫を抱いて象と泳ぐ」

小川洋子の新作を読了。あいかわらずなめらかで細部まで魅力的な語り口と構成だが、「博士の愛した数式」ほどは魅了されなかった。チェスを自分が全くわからないからか、あるいは舞台が西洋でリアリティがないせいか。それにしても、こういう人を生まれつきの小説家というのではないかと言いたくなるほど、物語りがうまい。題名だけでも読みたくなるし、読むとその題名がいとおしくなる。

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2009年4月19日 (日)

「ミルク」

「ミルク」を見る。試写に続いて、2回目だ。どれだけ人が入ってているか、見たかったこともある。公開2日目の19日(日)の15:30の回で7割くらいだから、少し寂しいかもしれない。すばらしい映画なのに。

映画は1回目に見たときより、さらにすばらしかった。ショーン・ペンの演技は尋常じゃない。情熱的で戦闘的でありながら、同時に優しく、ユーモラスなミルクを、乗り移ったように演じている。彼と共に周りの人々の表情も、繊細なキャメラが捉える。感動的なシーンを、軽いタッチで抑制を加えながら描く美学。最後のミルク死後のろうそくの行列さえも、短くすませる。無駄なショットは一つもない。見終わって、異質な人々を排除するアメリカ文化について、改めて考える。

始まる前にパルコの書店で、東京国際映画祭の矢田部氏に偶然会った。昨日は「ミルク」を見て、今日はこれから「四川のうた」を見ると言う。映画に人生をかけた人がここにもいる。

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2009年4月18日 (土)

GWとアカデミー賞

18日(土)と25日(土)公開の映画は、ゴールデンウイークに向けてアカデミー賞受賞作品を中心にアート系の話題作がそろっている。18日公開では、興行的にはまず「ミルク」(シネマライズほか)と「スラムドッグ&ミリオネア」(シャンテほか)の一騎打ちだろう。個人的には断然「ミルク」が好きだけど。それにアン・ハサウェーが女優賞ノミネートされた「レイチェルの結婚」(ル・シネマほか)もいい。アカデミー賞は関係ないけど、「四川のうた」(ユーロスペース)は、それらの作品をはるかに超えた傑作だと思う。冒頭の工場に入る大勢の労働者たちの映像からゾクゾクした。「子供の情景」(岩波ホール)も、いささかあざとい気もするが、魅力がある。迎える邦画陣が、「おっぱいバレー」(東映系)や「鴨川ホルモー」(松竹系)という珍品が並んでいるのがおかしいけど。「おっぱいバレー」は題名が恥ずかしくて見ていないが、「鴨川ホルモー」はなかなかよくできている。昨日の夕刊各紙では、読売、毎日、日経が小さくてもこの2本に触れているが、朝日は全く無視している。

25日だと、なんといっても「グラン・トリノ」(松竹系)。「ウエディング・ベルを鳴らせ」『シネマライズほか)や「バーン・アフター・リーディング」(シャンテほか)は、自分にはいまひとつピンと来なかった。ともに大監督が楽しんで作った作品には違いないけど。意外な拾いものが「キング・コーン」(イメージ・フォーラムほか)というドキュメンタリー。見たらトウモロコシどころか、マックも食べられなくなります。

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2009年4月17日 (金)

「ヤッターマン」

今週の「週刊文春」で小林信彦氏がほめているのを読んで、ちょっと嬉しくなった。冒頭の渋谷駅など、昔の東京を知る人にとってはどうだろうか、と思ったからだ。「深田恭子は『下妻物語』以来の適役だろう」という指摘に同感だ。三池崇史監督、やはりタダモノではないと今さらながら思った。

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2009年4月15日 (水)

「スラムドッグ$ミリオネア」

沢木耕太郎氏が朝日新聞でほのめかしていたように、見ていて欧米的な視線が気になってしょうがなかった。外国人のために描かれたいかにもわかりやすい、ツアーで見るようなインドではないのかと。
もちろん娯楽色の強い作品で、サスペンスもあって最後まで楽しめるのは事実だが。
アカデミー賞を8つ取ったのは何故だろうか。昨年11月に全米で10館でスタートしたが、600館まで広がったという。「意外におもしろい」という感想はわかるが、このレベルの映画は世界中にいくらもある。9月のトロント映画祭の観客賞がきっかけになったようだ。最近は日本の配給会社も買い付けの際に、グランプリより観客賞を取った作品を狙うという。観客賞恐るべし、である。
日本ではこの映画は当たるのだろうか。
いずれにしても、インドの観客や評論家の率直な感想を聞きたいと思った。新聞はそうしたことを載せるべきではないか。

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2009年4月10日 (金)

「シネマ大吟醸」

太田和彦氏の本は3月に前の職場に寄贈されてきたものだが、雑誌掲載時にかなり読んでいたこともあり、そのままになっていた。今日、電車の中で読んで成瀬の「鶴八鶴次郎」や島津保次郎の「兄とその妹」、清水宏の「小原庄助さん」といった隠れた傑作に対する愛のある記述に引き込まれてしまった。後半の名画座放浪記では、大井武蔵野館、銀座並木座、目黒シネマ、高田馬場パール座といった今はなくなった映画館が触れられていて、泣きそうになった。並木座で成瀬を見て、偶然似合った友人と三州屋で一杯、という日々が懐かしい。太田さん、これは貴重な本です。ありがとうございました。

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2009年4月 8日 (水)

「人生に乾杯!」

秦早穂子さんに「ちょっといいわよ」と言われて、試写を見に行った。ハンガリー映画だが、カウリスマキのようなとぼけた味わいのある愛すべき小品。81歳と70歳の老夫婦が、生活の苦しさに耐えかねて銀行強盗を犯す。警察に追われてロシア製の時代物の黒い車で逃げるあたりから俄然おもしろくなる。仕掛けが次々に展開するホークス的な楽しさと言おうか。その夫婦を支持する市民達の動きも楽しさを増す。見終わって、秦さんがサングラスをかけて「金を出せ」と言うシーンを勝手に想像して可笑しくなった。6月にシネスイッチ銀座ほか公開。

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2009年4月 7日 (火)

今村太平

杉山平一「今村太平」を再読。90年に出た時に読んだから19年ぶり。当時は今村太平の映画理論の独自性に驚いたが、今回はその悲劇的な後半の生涯に胸が痛んだ。またこの本は、その姿に近くで接した杉山氏自身についても語っている。大塚信一の描く山口昌男や四方田犬彦の由良君美のような、身近だった人を論じながら、自分との確執を語る部分もある。杉山氏の本はそれらより穏便ではあるが。ところで杉山氏がお元気なら今年95歳のはずだが、この人の軌跡も興味深い。

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所沢

今日は所沢で大学の新学期ガイダンスがあった。航空公園駅からバスに乗る。9時開始。広大な敷地にぽつぽつと集まる無邪気な2年生の学生たち。
英語を学ぶ重要性について説いたが、伝わったかどうか。
1970年頃から大学は郊外に移って行ったが、これは大きな誤りだったのではないか。おそらく文部省が学生運動を押さえるために、意識的に管理体制の強い新校舎を作らせたのだろう。都市から遠ければ、若者は政治や経済に触れる機会も少なく、のどかな田舎でデモもできず、ノンポリになってゆく。
ノンポリはかまわないが、都市の感性を養うことができなければ文科系の大学の意味の半分はなくなる。

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