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2009年5月13日 (水)

「グラン・トリノ」再び

昨晩、また「グラン・トリノ」を見てしまった。前回は有楽町マリオンのピカデリーだったが、今度はバルト新宿。148席のバルト3での上映だったが、スクリーンが大きく、段差がついていて、音がいい。当たる映画なら何でもやるシネコンは嫌いと言いたいところだが、これほど上映条件がいいとは。
で、「グラン・トリノ」だが、2度目に見ると西部劇のような伝統的なアメリカ映画の構造が見えてくる。主人公は流れ者ではないが、移民だらけになった地区でほとんどただ一人の白人として、星条旗を掲げ、人種差別的な発言を吐く。もともと朝鮮戦争の英雄で何人ものアジア人を殺した過去を持つうえ、その後フォードで50年も勤めたというアメリカ人の見本のような男だ。その男が、隣のモン族の一家と仲良くなる。とりわけその息子タオには、大工仕事を教えるほど親しくなり、「自分の息子たちよりも彼らの方が安心するとは」ともらすほどだ。その一家をいじめるギャング集団に対して男は一人で立ち向かう。そうしてその一家を救う。ギャングたちはあくまで悪で、人間的な深みはいっさい与えていない。最近のアメリカ映画には許されないほどの簡略化だが、それゆえにかつての西部劇のように痛快だ。
もともとイーストウッドはマカロニ・ウエスタンという西部劇のあだ花から出てきた俳優だ。彼が監督になって作った歩んだ道は、西部劇を模倣しながらもそれができない状況を映画にしてゆくという過程だった。そうして89歳になってなお、現代アメリカを舞台に自らの肉体を使って遮二無二西部劇を再現する。その真摯さと滑稽さが胸を打つ。
終わりに湖のそばを走る車のシーンに流れる「グラン・トリノ」という歌を、いつまでも口ずさみたい気分になった。
多くの監督は年を取ると、その才能に陰りが見えてくる。ベルトルッチだって、ホウ・シャオシェンだって、アンゲロプロスだってヴェンダースだってかつてはあれほどおもしろかったのに、最近の作品はいつも期待はずれだ。その中で最近のイーストウッドの展開ぶりは驚異的とさえ言えるだろう。

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