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2009年6月21日 (日)

外務省に英文の広報誌が必要か

今日の読売新聞の一面と(二面)に、山崎正和が外務省は英文の広報誌を持つべきだと書いている。一読してその時代錯誤に驚いた。いったいそんなものを今どき誰が読むのだろうか。
最近はやりのソフトパワーとは軍事ではなく文化の力であり、見せかけの海外広報ではなく、文化的力の構築である。海外に何を伝えるかではなく、日本の文化的なシステムをもっと強化することの方が先だ。
まずは国立の美術館や劇場がほかの先進国に比べて格段に見劣りがする現状をどうにかした方がいいだろう。日本の文化施設が充実することは、国民の生活を豊かにすると同時に、外国に対する最大の宣伝になる。
最近は日本への旅行者が増えている。しかし、東京国立博物館や東京国立近代美術館に行けば、その小ささや貧弱さに驚くだろう。パリやニューヨークの美術館を訪ねた人には、この意味がすぐにわかると思う。
国立館の企画展が、新聞社やテレビ局の共催なしにはほぼ成り立たないとは何と情けないことだろう。あるいは海外で話題の草間弥生や村上隆の作品を見たくても、すぐにまとまって見られるところは日本にはない。
英文の広報誌で日本はいい国だと伝えたり、一時的に歌舞伎の海外公演を企画するような外向けの顔を作っても、そんなものは誰も本気で信じはしない。
山崎は昔から外務省の片棒を担ぐような文章が多かったが、これもそうだとしたら、外務省はこの英文誌の予算要求をしているのかもしれない。
そもそも外務省は、現在必要なのだろうか。かつて人々の行き来が自由にできず情報手段も限られていた頃、外務省は国家の意思を外国に伝える代理人として重要な役割を果たしていた。しかしこれだけ人々が毎日飛行機に乗りインターネットを使う時代に、外交官は本当に必要だろうか。日本にいる外国の大使館に勤務する外交官に会うたびに、食事やパーティーや本国からの訪問者のアポ取りだけが外交官の仕事になったのではないかと思うことしきりである。

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