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2009年7月 4日 (土)

文化資源学会

大学の先生はおおむねどこかの学会に属しているらしい。4つも5つも入っている欲張りな人もいる。で、私も15年ほど前に仕事をしたことのある友人に誘われて「文化資源学会」なる学会に最近入会した。そして今日がその総会と研究発表だったので、本郷の東大に出かけていった。
発表は、大学院の博士課程クラスの若い男女3人だった。最初の女性は明治後期の百貨店を中心とした着物の柄の流行の展開について語り、次の男性はロッセリーニ監督の映画「インディア」のフランス版とイタリア版を綿密に比較し、3番目の女性はフランスのシャルトル大聖堂が、19世紀半ばにその価値を高めてゆく過程を話した。
それぞれ力作でおもしろかったが、その話し方は人に何かを語る感じではない。壁に向かって朗読でもしているようでちょっと奇妙だった。質問も活発に出たが、おおむね自分の主張をしたい風で質問の体をなしていない。
「文化資源学」とか「表象文化論」とか「カルチュラル・スタディーズ」とかいう新しい学問は、要するに従来の美術史や文学研究に収まりきれない事象を扱っているせいで、分野は多岐に渡り、他人の発表を聞いてもおおよそ何だかわからない感じだ。
よく見わたしてみると、そこにいた100名足らずの大学教師や院生はいかにも世間離れした格好をし、女性でも地味な人が多い。そしてみんな、とてもいい人のように見える。見方によっては宗教の集まりのようでもある。
東大の古い建物の中で座りにくい椅子に座りながら、学問とはそういう不思議な世界なのだと改めて実感した午後だった。

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