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2009年7月11日 (土)

たった30余点の「ゴーギャン展」

竹橋の東京国立近代美術館で「ゴーギャン展」を見た。いくつかの傑作、ことに日本初公開の米国ボストン美術館の大作<<我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこに行くのか>>を見ることができたのはすばらしい体験だったが、それにしても出品点数が少なかった。版画を入れても50点あまり、油絵だけでは30余点である。

当日入場料1500円を取って、これはちょっときつい。この点数なら、大半が無料招待券券で入る百貨店で開くべきだ。国立の美術館の特別展でこれほど点数の少ない展覧会は見たことがない。ビデオ上映の部屋に大きなスペースを取ったり、大作の解説パネルを大きく張り出していたが、それでも会場のあちこちに余ったまっ白い壁が目立つ展覧会だった。
2003年末にパリのグラン・パレで「ゴーギャン展」を見た時も同じボストンの大作が目玉だったが、200点を超す充実した内容だった。今回はそれを再現しようとしたのだろうが、違いが大きすぎる。

主催にNHKが入っていて、それも気になった。国立美術館がマスコミと組む時には、入場料のうち常設分として420円の上前をはねて、残りはマスコミに渡すのがしきたりだ。その代わりにマスコミは展覧会の全費用を負担する。受信料で成り立っているNHKがこの展覧会で赤字になれば、視聴者が負担するのだろうか。そうだとしたら大問題だし、もし黒字なら公共放送が電波を使って金儲けをしているということで別の意味でおかしなことになる。特に今回のように作品数の少ない展覧会ならなおさら不満が出る。一言で言うと、NHKは展覧会をやっている場合ではない。

ゴーギャンをたくさん持っているパリのオルセー美術館などフランスからの作品が1点もなかった。東京国立近代美術館は、空間を埋めるだけの作品が揃わなくても秀作が多いから大丈夫と考えたのだろうか。質も大事だが、観客が東近美の特別展に期待しているボリューム(量)は裏切らないで欲しい。
日本には今回も出品されている大原美術館の<<かぐわしき大地>>や国立西洋美術館の<<二人のブルターニュ女のいる風景>>といった傑作があって、いつも見られるのだから、無理に特別展をやらなくてもよかったのではとさえ思った。展示スペースに比してカタログやグッズのショップが異常に大きかったのも印象に残った。
9月23日まで開催。


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