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2009年8月25日 (火)

『母なる証明』または韓国映画の実力

この秋公開のポン・ジュノの試写を見て驚いた。少女殺人の容疑で逮捕された息子の無実を信じて、母親が自ら真実を探すミステリータッチの映画だが、その展開の凄まじさに舌を巻いた。

出てくる人物たちはみなどこか変だし、演技も大げさ。いかにもといったサスペンスタッチはまるでできの悪いテレビ番組のようだ。しかしそれが微妙にからみあい、いつの間にか見ている者も母親と一緒に走りだしている気分になってくる。母親と同じく、展開が全く読めないままに走らされている感じなのだ。
母親の探索はまさに紆余曲折だが、ようやく1人の容疑者が浮かぶあたりから震えが来て怒涛のようにラストへ向かう。
最後のシーンには、凍りついてしまった。いつまでも記憶に残りそうだ、
無茶苦茶のようで考えつくされたストーリー展開。土俗的でありながら洗練された演出。こうした振幅の大きい自由で破天荒な映画を作れるのは今や韓国しかないだろう。たぶんノリに乗った監督が何人もいる韓国ならではの面白さだ。かつて60年代の大島渚や今村昌平たちが勝手なことをしていたような、誇大妄想的な馬鹿力がある。
流行としての「韓流」は終わったかもしれないが、韓国映画の時代はまだまだ続くだろう。

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