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2009年8月23日 (日)

『グッド・バッド・ウィアード』の引用をめぐって

このひとつ前の文章で、『ドゥームズデイ』で過去の映画にさかのぼったが、金曜の夕刊を見ていたら朝日と読売でちょっと心配な「さかのぼり」があったのであったので書きとめておく。

朝日では映画評論家・北小路隆志氏がポーターの『大列車強盗』とペキンパーの『ワイルドバンチ』を引きながら「西部劇の豊かな伝統に連なる」と書く。この韓国映画が、正当な西部劇ではなくそのマニエリズム的変容というべきマカロニ・ウェスタンから生まれたことを知らないはずはないだろうに。第一それは題名ですでに明らかだ。「西部劇の豊かな伝統」でポーターとペキンパーの二人を引くのもどうかと思う。
読売では恩田泰子記者がさすがにレオーネの『続・夕陽のガンマン』に触れているが(厳密に言うとこれはイタリア映画なのでTHE GOOD...ではなくIL BRUTTO...だが)、これを「傑作ウェスタン」としている。『続・夕陽のガンマン』は、「ウェスタン」(=西部劇)ではなく、もはやアメリカで西部劇が撮れなくなった時代にイタリアで続々と撮られた作品群のひとつなので、きちんと「マカロニ・ウェスタン」と書くべきだろう。それからこのように善玉、悪玉などと名付けられた題名のマカロニ・ウェスタンはその後何本も作られているので『続・夕陽のガンマン』だけを踏まえたように書くのもちょっと単純化しすぎだ。
正当なウェスタン=西部劇が変容してマカロニ・ウェスタンになって成功したのをきっかけに、それが無数のB級マカロニ・ウェスタンを生み、さらに世界中に亜流が作られた。『グッド・バッド・ウィアード』は、『スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ』や多くのイーストウッド作品(『グラン・トリノ』も含む)と同じくそうした変容し逸脱するジャンルの末裔だ。
その野心的な題名にもかかわらず、『グッド・バッド・ウィアード』はこのジャンルの末裔としての血は決して濃いとは言い難いように私には思えるが。

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