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2009年8月20日 (木)

『ボヴァリー夫人』

アレクサンドル・ソクーロフ監督の新作というか、20年前の作品に手を加えた新版の試写を見た。実は1990年代前半に、ある映画祭での上映を考えて1989年版のビデオを取り寄せて見たことがある。それは167分もあった。

当時はヘアも税関が許さなかったので、ビデオを見ていると数分おきに検閲された真っ黒な画面が現れてよくわからなかったが、エマの目つきややせた肉体が妙に印象に残った。
今回は128分。どこが切られたかわからないが、おそら前半のレオンとの純愛の部分だろう。
最初に思ったのは、これは原作に対するソクーロフの妄想というか、思い込みをそのまま映像化したものだということだ。つまり19世紀半ばのフランスを20世紀後半のロシアの辺境に移し変え、自分が想像する人妻像をイコンのように見せている。
家の中では無数のハエが舞い、外は赤茶けた西アジアの風景。列車の音が聞こえたり、部屋の中を羽毛が舞ったり。『日々はしずかに発酵し…』の世界そのものだ。
そして普通には美しいとは言いがたい女の、奇妙な魅力。青い目は美しいが、目の下には大きな隈ができ、胸は垂れている。まるで子供が想像するような美人の人妻だ。そして時折フランス語を混ぜて話す彼女の演技は、ほとんどカリカチュアに見える。えんえんと続く性交のシーンはやせた裸体を見せるだけで、実際に交わっているようには見えない。時おりドレスを着た時などに見せるはっとするような美しさ。
主演のエマを演じたセシル・ゼルヴダキは、フランスに住むイタリア系ギリシャ人で、ソクーロフはロカルノ映画祭に行ったときに、通りで偶然に出会ったという。
多くの人には、「何を言いたいのかわからない」作品かもしれない。おそらくソクーロフの映画としては失敗に属するだろう。しかし天才の失敗作ほどおもしろいものはない。
9月末公開。

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