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2009年8月 8日 (土)

『無印ニッポン』または西武セゾン文化の敗北

『無印ニッポン』という題の新書を読んだ。著者は元西武セゾングループ代表の堤清二と、最近『下流社会』であてた三浦展。三浦は私と同世代で、元パルコ社員だ。
副題に「20世紀型消費社会の終焉」とあるが、読んでいて未来像のなさに失望した。「かつて無印は反権力だった」と言われると、そりゃ自己満足でしょうと言いたくなる。ましては「これがいい」ではなく「これでいい」という無印の思想が21世紀の日本を作ると言われると「まさか」と言いたくなる。

無印の成功は、明らかにそのセンスの良さにあった。田中一光がロゴなどのグラフィック・デザインをして、杉本貴志が店舗の設計をした。最近は原研哉がグラフィックに加わり、山本耀司が衣類に、深澤直人が生活用品のデザインに参加する。「無印」ではなく、ブランドの日本的な無記名化とアジアでの大量生産の組み合わせが、成功につながったわけだ。作り手は高度なデザイン商品であることを知りながら、「無印」と言い続けて消費者を欺いていた。無印はある時期まで、日本の高度大衆消費社会社会にぴったりのまやかしのブランドだったわけだ。
最近ではユニクロもデザイナーを多用しているが、山口県の企業では無印とはデザインレベルが違う。だからこそユニクロの方が今世紀では断然優先だ。こうした商法は、アメリカのGAPやスペインのZARA、スエーデンのH&Mなどではもっと徹底している。無印のように自転車や花やメガネや挙句には家まで売って、「生活の思想」を伝えようとしたら、21世紀には勝てない。
この本にはそのような資本主義の変容についての危機感が決定的に欠けていて、過去の勝ち組の自堕落な自己満足に終始している。

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