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2009年9月 6日 (日)

ベネチア国際映画祭:その②マルコ・ミュラーの戦略

今回は記事を書くわけでも作品を選ぶわけでもないのだから1日2本以上は見ないと決めて水着まで持ってきたのに、なぜかもっと見てしまうのが国際映画祭だ。

映画を一本多く見たからといって何が変わるわけでも何がわかるわけでもないのに、誰かが「良かった」と言うのを聞くとあわてて2回目の上映を探し、食事も抜かして駆けつけてしまう。
そういえば今から四半世紀前に初めてカンヌに行って国際映画祭というものに足を踏み入れた時は、ひたすらサンドイッチをかじりながら1日6、7本見ていた。さすがに今は4本が限度で、夜はきちんと夕食を取るようになったが。

2004年にマルコ・ミュラーがディレクターになってからのベネチア国際映画祭は、映画の娯楽性と芸術性の両極に揺れながら、その幅の広さを見せつける多様なというか想定外のセレクションが売りだ。「こんなものをコンペに入れたのか」と言われたいスノッブな思いがそこに垣間見える。

塚本晋也が英語で撮ったとても成功したとは言い難い「Tetsuo: The Bullet Man」やジョージ・ロメロの「Survival of Death」といったホラーを敢えてコンペに入れたり、アニメのジョン・ラスターに名誉金獅子賞を出したりするのは、まさにそのスノッブさだろう。もちろんトッド・ソロンズ、ジャック・リベット、クレール・ドニといった作家性の高い監督の映画も入れ、黒澤生誕百年シンポもやることで、バランスを取る。あるいはあまり知られてこなかった30本余りのイタリアの旧作を復元版で集めて、イタリアの映画史を再評価する試みを見せる。
いい作品を見たい、感動する映画を見たい、という素朴な気持ちでは映画祭はとてももたない。話題性を楽しみ、世界の新しい動向を探るといった距離を取った見方が必要なのだろう。

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