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2009年10月 9日 (金)

日本のマイク騒音

数日前の朝日新聞で、5年間のフランス滞在を経て帰国した池澤夏樹氏が久しぶりの日本で感じたこととして、コンビニなどの生活の便利さと、列車内や路上などでのマイク放送の過剰さについて書いていた。

便利さはともかくマイク放送については、急に止まるから注意しろだの、携帯電話の使い方だののべつまくなしに指示されることが、フランスではありえないという。池澤氏はこれを官から民への伝達様式とし、今回の新政権でこれが少しは変わるかと期待を述べていたと思う(新聞が手元にないので記憶だが)。
すべてを官で決めて民に守らせるような、たぶん明治以来のオカミを大事にする文化も確かにあると思う。しかし私にはむしろ現代日本に広がる責任逃れの精神のなせる業に思えてしょうがない。つまり事故につながるようなあらゆる事柄は全員にマイクで説明している、という論法だ。
実際は話されることの大半は言わずもがなのことだとみんながわかっているので、聞いている人はほとんどいない。話す方は、それをいいことにすべて話す。とにかくうるさいけれど、みんなあきらめて、そうした音に対して不感症になっている。
それともう一つ。話す側のカラオケに似た自己満足を感じることがある。5分おきに来る地下鉄で列車が遅れたことを何度もわびる放送などを聞くにつけそう思う。これは駅員によって差があるから、たまにそういう電車に乗ると本当に不愉快だ。
あるアジア通のアメリカ人はこうした騒音を「アジア的喧騒」と私に説明した。アジアというのはとかくがなりたてるもの。西洋人に比べてアジア人はそうしたことを楽しいと感じる。沈黙や静謐は、そうした物質音と別次元でとらえるのではないか、と。

いずれにしても、列車や街頭のマイク騒音はどうにかして欲しい。池澤氏以外も、もっとこのことを取り上げて社会問題化して欲しいとまじめに思う今日この頃だ。

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