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2009年10月31日 (土)

どんどん良くなるアルモドバル

1990年代前半、いま思えば映画原理主義に近かった私にとって、ピーター・グリーナウェーやペドロ・アルモドバルといった映像派は、ある意味で異端だった。彼らはどこか映画とは違うところで勝負しているように思えたからだ。現在、グリーナウェーはほとんど美術の領域で生きているが、不思議なことにアルモドバルは、映画で物語を語ることの限界まで迫るような作品をいつのまにか何本も撮っている。


たぶん『トーク・トゥ・ハー』がその分岐点だったかもしれない。それ以来アルモドバルは、映画ならではの物語を語ることにすべてを注いでいるようだ。
今度の新作『抱擁のかけら』は、その物語がこれまでになく入り組んでいる。盲目の元映画監督の前に現れる若い男。ちょっと『バッド・エデュケーション』に似た設定だが、話は幾重にも広がってゆく。14年前、ペネロペ・クルスは自分が勤める会社社長の愛人となるが女優への夢を捨て切れず、オーディションを受ける。そこで出会った監督との愛。話はこれで済まない。最後の最後まで新しい真実が次々と飛び出すサスペンスの構造。ペネロペが監督に会った時に見せる叫びたくなるほど新鮮な表情。ヘップバーンを真似る時の楽しそうなポーズ。そして愛を求める時のほとばしる感情が溢れる表情。ペネロペがこれほど魅力的な映画はないのでは。最近では珍しく彼女の裸も堪能できた。
来年1月の公開。複雑な構造だったので、是非もう一度見たい映画。

運転手役で一瞬出ていたのは、監督の弟で彼の映画を製作しているアウグスティン。実は3年半ほど前にマドリッドのアルモドバルの事務所El Deseoを訪ねたことがあり、対応してくれたのがこの人だった。パリのシネマテークで開かれていたアルモドバル展を日本に持っていく交渉だったが、見事に断られた。「ペドロは寂しがり屋で、友人が何人もいるところしか行こうとしない」というのが理由。

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