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2009年11月23日 (月)

東京フィルメックス:その①今年で10年目

「東京フィルメックス」が始まった。今年でもう10年目。東京国際映画祭に飽き足らない映画好きが始めたような映画祭だが、とにかくこれだけの規模で10年も続いたことはすごい。初日の今日はメルヴィル2本にツァイ・ミンリャンの新作を見た。

メルヴィル2本は普通に面白かった。『モラン神父』はちょっと日本人には渋すぎる内容だが、エマニュエル・リヴァがまさに『二十四時間の情事』の続編を演じているようでぞくぞくした。昨年末に50年ぶりに来日した彼女は、『モラン神父』で演じた、自分を出さないクールな人柄そのものだったのを思いだした。『ギャング』はオーソドックスなメルヴィルのフィルム・ノワールで、悪役のリノ・ヴァンチュラがいいが、ちょっと長すぎた。
しかしながら、アジア映画中心で始まったはずのフィルメックスがメルヴィルとは、ちょっとがっかりだ。そんな映画祭ならフィルメックスでなくてもやれる。東京国際映画祭がキアロスタミの新作やヤスミン・アフマドの回顧上映までやる時代になって、フィルメックスの存在意義が失われている気もする。

オープニング上映のツァイ・ミンリャンの『ヴィザージュ』はさっぱり理解できない140分で、フランス人がお金を出すとなると中国人は何でもやるのだなと実感。ジャン=ピエール・レオーにファニー・アルダン、ジャンヌ・モロー、ナタリー・バイからルテシア・カスタ、マチュー・アマルリック(かわいそうな役)まで出ているけど、トリュフォーへのオマージュと自分の母への追憶(肉団子!)と西洋への憧れと憎悪のようなものが織り重なって展開されるだけで、ストーリーはない。雪の積もった公園に多くの鏡を配して女たちが歌って踊るシーンや地下の排水溝を女が歩くシーンなど美しい場面は多いのだけれど。数年前にルーヴル美術館のロワレット館長が「ツァイ・ミンリャンに映画を撮らせるんだ」と得意そうに私に言っていたけれど、これを見たらさすがにたまげただろう。
ジャン=ピエール・レオーがまるで晩年のアントナン・アルトーのようで痛々しかった。
こういうハチャメチャな映画は映画祭でしか上映できないなので、やること自体は素晴らしいと思うが、オープニングというのはどうだろうか。あまり映画にくわしくないが「東京フィルメックスはいいらしい」と聞いて来た若者や、映画祭のオープニングということで華やかなものを期待して来てしまったナイーブな観客のことを考えて心配する私は保守的だろうか。誰も好きになれないヘンな映画を上映するのは、フィルメックスの、というか選んでいる市山尚三氏の常套手段ではあるのだが。

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