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2009年11月11日 (水)

ジャン・ヴィゴの奇跡に酔う

映画史上有名な作品をいまDVDで見ると、すごくつまらなかったり逆に抜群におもしろかったりする。ましてやそうした映画にはおうおうにして20年以上前の学生時代に見た思い出までついてくるから、現在見直すと考えることが実に多い。で、ジャン・ヴィゴの『新学期 操行ゼロ』(1933)を見た。

かつてフランス映画社が『恐るべき子供たち』と同時に封切った作品だ。私は80年代前半に福岡で見たはずだ。記憶に残っているのは、寝室で羽毛を散らして騒ぐ子供たちの姿だけ。
今回見てみると、出だしからすべてヘンだ。カットがつながらないシーンが続出するうえ、シュールな場面も多い。小人の校長はどう見ても変だ。そのうえ、サイレント映画そのもののコミカルさを持つ。実に不思議な40分余り。後半の羽毛が飛び交うシーンの後のスローモーションの行列のシーンでは、何と子供のペニスまで出てくる。これは全く記憶にない。当時は誰も言及しなかったような気がする。
シュルリアリスム運動の影響を受けた20代の監督のアヴァンギャルドな精神に、チャップリンばりのコミカルさとトーキー初期の技術的な未熟さとが微妙に加味されて、たぶんこの時代にしかできない奇跡の映画ができあがったのだろう。もちろんロシア・アヴァンギャルドのジガ・ヴェルトフの実弟のボリス・カウフマンが撮影監督として加わったことも大きいのは言うまでもない。

とりあえずの結論は、ヴィゴとゴダールはいつ見ても新しいということ。

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