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2009年11月 2日 (月)

芥川龍之介の手紙の率直さに泣く

「週刊文春」に坪内祐三氏が取りあげていたので、『芥川竜之介書簡集』(岩波文庫)を読む。30年ほど前には全集を買って書簡も全部読んだが、ある引越しの時に売ってしまった。今回の文庫版は面白いものだけを集めた選集で、その分どの手紙も読み応えがある。。

読み始めてその素直さと痛切さに驚く。「年上でも年下でもいい男でも女でもいいと思う。かぎりなくさびしい。僕は何時でもかぎりなくさびしい」とくる。31歳の時だ。
小説を書き始める頃には、「本を読むことと書くことが(論文も)一日の大部分をしめている」と記す。
後に結婚する塚本文子には「僕のやっている商売は日本で一番金にならない商売です」「僕は今のままの文ちゃんが好きなのです」「文ちゃんは何にもできなくっていいのですよ。今のままでいいのですよ。そんなに何でもできるえらいお嬢さんになってしまってはいけません。そんな人は世間に多すぎる位います。赤ん坊のようでおいでなさい。それが何よりいいのです。僕も赤ん坊のようになりたいと思うのですが、中々なれません。もし文ちゃんのおかげでそうなれたら、二人の赤ん坊のように生きて行きましょう」。
死ぬ直前の漱石には「修善寺の御病気以来、我々は先生がねてお出でになると云うとひやひやします。先生は少なくとも我々ライズィングジェネレーションの為に、何時でも御丈夫でなければいけません」。

昔読んだ時は「疲れた。房事過多か。もっとも過多というにも世間の標準がわからない」という意味の手紙が妙に記憶に残っていたが、今回の選集にはさすがにないようだ

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