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2009年12月20日 (日)

北朝鮮帰国事業は「壮大な拉致」か

中公新書で出たばかりの『北朝鮮帰国事業』を読む。菊池嘉晃という1965年生まれの読売新聞記者が書いたものだが、拉致を含む北朝鮮問題が日本にとって大きな問題となっている今日、この本の持つ意味は大きい。

北朝鮮帰国事業は1959年から84年にかけて行われ、9万3千人以上の在日コリアンや家族が北朝鮮に渡っている。
この本はその帰国事業がどのような経緯で始まったのか、それがどのような結果を生みだしたのかを克明に記している。当時「地上の楽園」という触れ込みを信じて北朝鮮に渡った人々を待っていたのは、劣悪な生活環境であり、日本に戻ろうとする人々は収容所に入れられた。現在では2万人近くが韓国に、200人余りが日本に脱走して住んでいるという。
北朝鮮は韓国より優れた国であるという宣伝のために、日本の朝鮮総連と組んで壮大なキャンペーンを打った。労働力不足を補うこともあった。日本政府は過激な政治分子と貧困層の排除をめざして、それを応援した。韓国政府の反対もあったが、スイスに本部がある赤十字社を介在させることでそれを乗り切る。
いざ移住がはじまると、在日の人々が大きな資産や技術をもたらすことに気づき、また移住船がスパイの行来に役立つことにもなる。
帰国事業は1984年まで続く。一言で言うと、80年代以降の「拉致」のベースははこの帰国事業にあったことは間違いない。帰国した人々にはスパイ活動に従事した人も少なからずいたようだ。つまり日本や韓国を揺さぶるために、帰国者が使われた。拉致はそこから生まれた。

それ以前に帰国事業そのものが国家ぐるみの詐欺であり、「壮大な拉致」であった。帰国した人々は、港に船が着いた瞬間に迎えの人々の衣服の貧しさを見てそれを悟ったようだが、反抗すれば収容所行きだった。そんなことが何十年も繰り返されて、ようやく終わるころに新たな手段として「拉致」が始まったと見るべきだろう。

もちろん日本政府の責任は重いが、当時は朝日、読売など主要紙の記者が数日間北朝鮮に招待されて行き、各紙で「地上の楽園」を絶賛する書いている。この罪も重い。各新聞はこれを検証したのだろうか。

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