『1968』からはじまる:その②
年末から正月にかけて小熊英二の『1968』全2巻を読んで感激し、1月2日に「これから折に触れて何度かに分けて書きたい」と書いたけれど、それから一度も書いていないことに気がついた。
新年会と称して何度か酒を飲んで、友人たちにこの本のすばらしさをしゃべりまくり、もう済んだような気分になっていたようだ。考えてみたら、このブログが続いている最大の理由は、酒を飲む回数が減ったからかもしれない。
それはともかく、もう一度『1968』について、重要な点だけでも書く。
まず著者の立つ地点があくまで現在であることがポイントだ。序章での疑問はこれだ。「現在から客観的に考えるならば、『あの時代』に叛乱がおきたことは、不可解な現象である。時代は高度成長の最盛期であり、貧困は解決されつつあり、学生も完全雇用状態だった。そのような時代に、大量の若者がマルクス主義を掲げて叛乱を起こすという現象が、なぜ生じたのだろうか」。
その結論は序章にある程度書かれている。「高度成長を経て日本が先進国化しつつあったとき、現代の若者の問題とされている不登校、自傷行為、摂食障害、虚無感、閉塞感といった「現代的」な「生きづらさ」のいわば端緒がが出現し、若者たちがその匂いをかぎとり反応した現象であった」。
そしてそれから細部にわたる検証が始まる。
おもしろいのは、結論でそうした考えを「1970年パラダイム」とし、1990年代後半からの脱工業化社会で生まれた格差やグローバリズムに対応しきれなくなった、という主張だ。「支配的言語としては歴史修正主義と新自由主義が台頭する一方、それに対抗する側はあらたなパラダイムを生みだしていないのである」。戦後民主主義は1960年代末から批判され、学生運動を経て「1970年代パラダイム」に取ってかわる。しかしそれは2000年以降、赤木智弘のようなフリーターの書き手たちから「安定雇用の左派」として攻撃を受ける。
これに応えられる思想はまだない。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 蓮池薫『日本人拉致』の衝撃(2025.07.08)
- 『沖縄戦』が売れている(2025.06.27)
- 今さら映画の入門書?:その(2)(2025.06.17)
- 『ヌーヴェル・ヴァーグ』という本を出す:その(2)(2025.06.03)
- 今さら映画の入門書?:その(1)(2025.05.27)
コメント