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2010年1月11日 (月)

ケントリッジ展の衝撃

東京国立近代美術館で開催中の「ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた」展が抜群におもしろい。始まったばかりだが2度も行ってしまった。
これまでベネチア・ビエンナーレや横浜トリエンナーレでも作品は見ていたけれど、今回初期から最新作まで見て、本当にすごいと思った。

アパルトヘイトを想起させる初期作品の痛々しさと寂しさ。目の前で起こる悲劇に何もできない無力感と孤独。
書いては消し、書いては消しながら撮影された手描きアニメによる風景と人々の力強さと生々しさ。
次に出てくるのが、影絵、スオテレオスコープ、アナモルフォーシスからジョルジュ・メリエスまで、さまざまな映像の起源に稚拙にしかし知的に遡る作品群。まだまだ映像はこれからだと言わんばかりだ。特にメリエスに捧げた作品は9つの映像を同時に見せながら、メリエスの孤独な作業を自分流に再構成する傑作だ。
そして集大成とも言うべき、「僕は僕ではない、あの馬も僕のものではない」。ゴーゴリの『鼻』をもとに、ろしあ・アヴァンギャルドの壮大な実験とスターリニズムの始まりを、軽快にしかし痛みをもって描く。まさにメリエスのように、カントールのように、ベーコンのように、ボルタンスキーのようにジャンルを超えて人間存在そのものにせまる天才的な映像と造形だ。

黒をベースにしたカタログもケントリッジの作品を思わせて美しく、文章や写真も充実している。が、リュミエールとメリエスに関する記述は不正確。よくあることだが、美術史家は映画史を知らなさすぎる。

おおむね展示はすばらしいが、最初の映像展示室で5つのスクリーンで別の作品が同時に上映されているのは見にくい。一本が終わっても、次の作品は途中からしか見られない。全部見ようとしたらとんでもない時間がかかってしまう。

2月14日まで開催後、広島市現代美術館に巡回。必見。東近美では常設展示で早川良雄展も開催中で、これも見逃せない。これについてはあとで書くかもしれない。

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