« 「流れすぎる」映画 | トップページ | 『輝ける青春』が一位 »

2010年1月 7日 (木)

老いた母と暮らすということ

最近会った映画会社の女性の友人が「正月に田舎で母と一緒にいたら本当に疲れた」と言う。老いた父が大変なのは最初からわかっているが、母親も意外にめんどうなのだ。それが知的、あるいは芸術的なタイプだったらなおさらだ。ちょうど萩原朔美『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日間』を読んでいたので、そう思った。萩原朔美氏というと何だか親の七光りでいつの間にか要領よく映像作家や大学教授になった人だと勝手に思っていたが、この本は奥が深い。

萩原葉子は作家だし、その父親は言わずと知れた大詩人である。そんな家系の息子は大変だ。
84歳で死んだ母はすべてを保存していた。ベッドの下からは息子の通知表から作文などが出てくる。あるいは私鉄の記念切符の数々。さまざまなダルマ。未発表あるいはボツ原稿。
同居し始めてお風呂に入れようと朔美夫妻が促すと、朔美一人でいいと言い、下半身の下着は最後まで脱がなかった。
62歳の時に自宅にダンスの稽古場を作った母。ダンス教室の発表会に行くと、みんな自分の娘を見に来るのに、自分だけ母親を見に来たおかしさ。
朔美は母と同居し始めてからいつも怒っていたという。そのことを後で後悔する。特に駅の近くのメガネ屋に行って母のメガネを作った帰りに「あそこで食べて行かない」と言われて断ったことを。母は朔美がいない時に妻と鍋料理を食べながら「人生最良の日」と書かれた紙きれを渡したという。

本の冒頭に以下の引用が2つ。
我が母よ死にたまひゆく我が母よ 我を生まし乳垂らひし母よ(斎藤茂吉)
亡き母や海見る度に見る度に(一茶)

私も後悔を減らさなくては。

|

« 「流れすぎる」映画 | トップページ | 『輝ける青春』が一位 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/47226236

この記事へのトラックバック一覧です: 老いた母と暮らすということ:

« 「流れすぎる」映画 | トップページ | 『輝ける青春』が一位 »