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2010年1月14日 (木)

『卒業』を今見てみると

最近見た映画で2本も『卒業』(1967)のシーンが引用されていた。現在公開中の『(500)日のサマー』と2月から上映される『恋するベーカリー』だ。
この映画はどうもアメリカ人には特別の意味を持つらしい。アメリカの著名な映画研究者、デーヴィッド・ボードウェル(1947年生まれ)も確かどこかでこの映画を「ようやく自分たちの世代の映画がアメリカにも現れたと思った」と書いていたはずだ。で、四半世紀ぶりにDVDで見た。

昔の(たぶんテレビで数回見た)記憶は、チビなダスティン・ホフマンが最後に花嫁をさらってバスに乗るところだけだ。今回見てみると、これは大人社会への反逆の映画だということがよくわかる。裕福な家庭に育った青年が、大学を出るにあたってエリートコースを歩むことを考えて憂鬱になる。そこで大きな反社会的行動に出る映画である。それを主人公のパーソナルな視点から描いたところが従来のアメリカ映画になかったと思う。
友人の息子を誘惑するロビンソン夫人はアル中でもある。これはこれまでのアメリカ映画ではタブーの設定だっただろう。そうして主人公は母と娘の両方と関係を持つという大胆な行為に出る。これも当時では考えられない設定だ。
一つのシーンから全く別のシーンのカットにつながるような大胆な編集も、主人公のプライベートな精神世界を巧みに表現していて新鮮だ。もちろんこれはフランスのヌーヴェルヴァーグ、特にゴダールの模倣だろう。ついでにいうとダスティン・ホフマンの乗るアルファ・ロメオもゴダールの『軽蔑』から来たのかもしれない。
気になるのは、そのような斬新さと共に、アメリカの撮影所らしい古いタイプのシーンも随所に見られることだ。ホテルのシーンとか、最後のバスに乗った二人を見る乗客たちの撮り方は、まるで後期のヒッチコックのように戯画的でステレオタイプ化されている。
有名なサイモン&ガーファンクルの音楽は、ちょうどシーンのつなぎ目などに効果的に入れられていて、うるさくない。

同じニューアメリカンシネマでも、同じ年の『俺たちに明日はない』に比べてどこかかつてのアメリカ映画のスタイルとの混淆が見られることも含めて、『卒業』は今でもおもしろい。

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