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2010年1月 4日 (月)

『黒澤明という時代』の重み

小林信彦氏は小説よりエッセーがおもしろい。週刊文春の連載はほぼ毎週読んでいるし、特に昔のテレビや映画のことを書くと実にリアリティがある。
彼の近著『黒澤明という時代』は、その意味でこれまでの黒澤論と違った時代の重みを感じさせる言葉が並んでいる。研究でも評論でもない。黒澤論としてはむしろ薄い本だ。
封切り時に見た時の「感触」を思い出し、その時の周囲の状況を書き起こす。その想起力のたくみさでぐいぐいひっぱってゆく。遠慮なく書く一言、一言が実に重い。

『野良犬』の評価が遅れた理由の一つをドナルド・リチー氏の悪評にあるとし、「進駐軍出身の人物がその後もアメリカで日本映画紹介の要職にあったのはこの映画にとって不幸であった」。
「もし公開がのび、同年9月に『羅生門』がヴェネチアでグランプリをとったあとだったら、『白痴』は4時間25分のまま公開されただろう」。この長い版を見たくなる。
「1960年代後半の、異常とも言える黒澤明バッシングのなかで、この本(『黒澤明の世界』)を出版したところに、私は佐藤氏の男気を見る」。
「私はこの映画(『用心棒』)がかなりの計算の上に成り立っているのを感じだ」。
「1960年代は大島渚と今村昌平の時代だった。……その中で唯一<堅実>な会社=東宝を離れた黒澤明はソ連へ行かざるを得なかった」。
野村芳太郎が橋本忍に言った言葉として、黒澤が橋本に出会って『羅生門』を撮ってベネチアで賞をもらわなかったら、さらにいい監督になったという発言を引用する。小林はこの映画を「ごはんを噛んでいて、石のかけらが歯に触れた時のような」と書く。
結論は黒澤の絶頂期を『姿三四郎』から『天国と地獄』までとする。「太平洋戦争末期から公害まみれの東京オリンピック前後まで。……そして名前が大きくなりすぎた。それ以後は、絵画的で静的な世界に沈んでいった」。

この本は、「黒澤明に限らず、映画は封切られた時に観なければ駄目なのだ」という言葉に集約されるだろう。胆に銘じたい。

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