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2010年2月 6日 (土)

『パリ20区、僕たちのクラス』とドキュメンタリーの現在

ローラン・カンテ監督のフランス映画『パリ20区、僕たちのクラス』を“ようやく”見た。ようやくというのは、2008年のカンヌでパルム・ドールを取ったのになかなか配給が決まらず、その年の末に売れて公開が今年の6月までずれ込んだからだ。カンヌの最高賞が売れないなんて、日本の洋画配給が行き詰っていることの象徴のようなできごとだ。

ようやく見た感想は、相当おもしろかった。特にドキュメンタリーとフィクションについて考えるさまざまな示唆を与えてくれる。数年前に見たニコラ・フィリベール監督の『ぼくの好きな先生』はドキュメンタリーで、フランスの地方の小さな小学校の1年を描いた作品だ。今回の映画はフィクションだが、パリのあまり豊かでない地区の中学生の教室の1年を描く。
同じフランスの学校を描いた映画だが、『パリ20区』のほうがずっとドキュメンタリーらしく見える。およそ映画的な効果を感じさせないカメラは、決して学校の外に出ることもなく、淡々と教室の中のやり取りをを撮り、生徒と先生の微妙な心理戦を克明に描き出す。原題のEntre les murs は「壁の中で」の意味だが、まさに題名の通り学校の壁からカメラは一度も出ない。
一方、ドキュメンタリーの『ぼくの好きな先生』では、カメラは学校の外に自由に出て行くし、意識的に撮られた美しいシーンも多い。このふたつを比べた時に、いったいドキュメンタリーとは何かと深く考えてしまう。
『パリ20区』にあえて作為的な要素があるとすれば、先生が女子生徒をPetasseという俗語で娼婦呼ばわりするシーンだろう。これは通常まず先生は使わない表現で、この一言を生徒に言った瞬間に、先生は絶対的な窮地に陥ってしまう。そこを除けば、『ぼくの好きな先生』の方がずっとフィクションに見える。

たぶん純粋なドキュメンタリーなんてない。フィクションもドキュメンタリーの区別も、人間の真実をカメラに収められるかどうかという点から見たら、意味がない。この映画はドキュメンタリーとは何かを考える試金石になるだろう。

大学で教えている自分には、生徒とのやりとりが実に身につまされた。中学や高校の先生はどう思うだろうか。あるいは生徒はどう思うか。岩波ホールでの公開だが、「壁の中に」とどまらず、もっともっと広がって欲しい。

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