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2010年2月26日 (金)

『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』の反時代性

『ゲルマニウムの夜』が話題になった大森立嗣監督の新作『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』の試写を見た。最近このブログで青春映画は親のカタキと書いたが、それは青春を謳歌して肯定する映画のことで、この映画はその真逆だ。
この映画の主人公は小さい頃に施設に入れられて、今は解体工事の会社に勤めるケンタとジュンの2人。そこにくっついてくるカヨという女。映画はその3人が網走の刑務所にいるケンタの兄を訪ねてゆくロード・ムーヴィーだ。

とにかく物語はマージナルで絶望的に暗い。そのうえあえて感情移入を拒むようなシーンを続ける。しかし撮影は実に丁寧に3人の不思議な旅を映す。森の中の一本道や海外沿いの道のシーンが何ともいい。選びに選んだ場所だろう。あるいは夜の焚火のシーンの繊細な映像。そして刑務所で再開する兄弟が見せる痛いような視線劇。
松田翔太と高良健吾のコンビが、反逆の生き方を痛切に見せる。その無言の表情の強さ。そして脇役の柄本明、新井浩文、小林薫、洞口依子らが短いシーンながら存在感を示す。
ラストの女性のつぶやきのような歌を聴きながら、こんな映画は70年代にいくつもあったなと思った。神代辰巳のような、長谷川和彦のような、投げやりで徹底的に反社会的な姿勢。それは呑気な青春映画や泣かせるメロドラマが大半になってしまった日本映画の中では、反時代的な身振りである。

映画の終りのクレジットを見て驚いた。このマイナー感覚溢れる映画に、ポニー・キャニオン、日活、衛星劇場、角川書店などメジャーな会社を含む計9社が出資している。こんな映画を撮らせてくれるのなら、製作委員会も悪くない。
6月12日公開。この反時代的な映画が当たるなら、日本も捨てたもんじゃない。

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