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2010年3月11日 (木)

『1984』の恐るべき現代性

昨夏に出たジョージ・オーウェル『1984』の高橋和久氏による新訳を買ってあったのだが、ようやく読んだ。実を言うと、今まで一度も読んだことがなかった。高橋氏の「訳者あとがき」で、英国でもこの本は読んでいないのに読んだふりをする「読んだふり本」の第一位だ、という記述を読んでちょっと安心したけれど。

で、読んでみるとこれがおもしろい。出だしから、各家庭にテレスクリーンがあって監視しているなんて、今の監視カメラみたいだ。ビッグ・ブラザーという呼称なんて、前に勤めていた会社にあったので、笑ってしまった。
もちろん、描かれているのが旧ソ連やかつての中国だと言うことは簡単だけど、今読むとむしろ日本の管理社会や格差社会を描いているように見える。1949年に書いたなんて本当にすごい。現代の日本で砂を噛むような毎日を送っている我々の姿に近いものがある。あるいは衰退してゆく日本の近未来を思わせる。

歴史はすべて書きかえられる。「記録は一つ残らず廃棄されたか捏造され、書物も全部書き換えられ、絵も全部描き直され、銅像も街も建物もすべて新しい名前を付けられ、日付まですっかり変えられてしまった」(p239)。
世界は3つの大国に分かれている。ユーラシアはロシアがヨーロッパを併合し、オセアニアは米国が英国とオセアニアを飲みこんでできた。3つ目のイースタシアは中国、日本、韓国、モンゴル、チベットからなる。(p287)

主人公のウィンストンがジュリアと恋に落ちるところから、がぜんおもしろくなる。恋愛は禁じられた行為だ。「二人の抱擁は戦いであり、絶頂は勝利だった。それは党に対して加えた一撃、それは一つの政治的行為なのだ」(p193)。そうして二人は逮捕され、拷問を受けて、互いを密告する。ずっと後に二人が偶然に再会するシーンが何とも物悲しい。寒い風の吹くなか、鉄製の椅子に距離を置いて座る二人。

映画の古典みならず、文学の古典ももっと読みたくなった。

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