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2010年3月 9日 (火)

高齢者の死亡記事

1月11日にエリック・ロメールが89歳で死んだ時、新聞がかなり大きく取り上げたのに驚いた。数日後に日経は山田宏一、朝日は蓮實重彦、読売は野崎歓の各氏の追悼文を載せた。彼の場合、最初に公開されたのが『海辺のポーリーヌ』(83)だからずいぶん紹介は遅れたのだが、ちょうどミニシアターブームに乗って過去の作品まで公開されて、後付けだがかろうじて巨匠となった感じだ。だから、後からまとめて見た野崎氏の文章はどうしても弱い。

2月5日にも2人の高齢の映画関係者が亡くなった。1人は92歳の映画評論家の登川直樹氏、もう1人は87歳のマルセル・ジュグラリス氏。
前者は翌日に各紙に死亡記事が出たが、その後の追悼文は出なかった。もちろんロメールほどのことはないが、国内だしかつては相当の影響力を持っていた人だ。戦前の情報局にいたということも興味深いし、戦後は評論家として最も海外の映画祭に行っていた。もはや彼について語れる人が、みんな亡くなってしまったのだろうか。

問題はジュグラリス。全部の新聞を調べたわけではないが、ずいぶんひどい扱いだ。15日の産経新聞に死亡記事が出るが、その後はだいぶ遅れて20日の読売に死亡記事。それを受けて25日の日経に匿名の追悼文が載った。
これは、山田宏一、秦早穂子の両氏にまでコメントを取ったていねいな記事だ。日経の表現を借りれば、「戦後の日仏映画交流の草分け」の人である。ユニフランスの日本代表として、フランス映画社の柴田駿や映画評論家の山田宏一の両氏を最初にバイトとして雇った人である。それだけでもすごい。まさに日本におけるフランス映画紹介史の生き字引である。
それだけではない。日本の監督がカンヌに出るのに大きな役割を果たした。カンヌでグランプリを取った衣笠貞之助の『地獄門』の出品は、彼のおかげだ。衣笠とは本当に仲が良かったらしい。56年にフランスで最初の日本映画史を書いたのも彼だ。図書館で探してみると、表紙の写真は『夫婦善哉』。51年のベネチアでグランプリを取った『羅生門』を見るまで、西洋は日本映画を全く知らなかった、という書き出しだ。こんなストーリー満載の人ならもっと追悼記事が読みたい。

30代や40代の記者やデスクが、自分が知らないからといって載せないのでは困る。今や新聞を支えているのはその上の世代なのに。

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