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2010年3月22日 (月)

『考える人』は誰か

坪内祐三氏の『考える人』の文庫版が出たので読んだ。『考える人』という月刊誌の掲載をまとめたもので、坪内氏が戦後の「考える人」を16人選び、それぞれを解説している。生きている間に本を読んだ人という縛りを掛けているのがいい。映画もそうだが、同時代を知らなくてはダメである。で、そのチョイスはかなり奇抜だ。

小林秀雄、中野重治、吉田健一、福田恒存は、まあわかる。唐木順三や森有正は亡霊が蘇ったようだ。唐木の中世文学論なんて、高校生の時から読んでいない。
田中小実昌、植草甚一、吉行淳之助といった選択が洒落ている。別に「哲学者」である必要はない。植草のような「雑学者」でも、歩きながら「考える人」だ。

最も驚いたのは、神谷美恵子の項。ミシェル・フーコーの『臨床医学の誕生』などを訳したこの精神医学者について、私は名前しか知らなかった。けれど、戦時中、20代後半の頃に彼女が書いた『若き日の日記』の引用を読むだけで愕然とする。
「東京の生命もあと二月か三月だろうという。その間だけでも勉強に邁進しよう。時間割を厳守しよう。本が皆焼けても何か頭に残るように!文学は何時でもできる。心配するな!」(1945.3.29)。そして敗戦の日にこう書く。「正午、安田講堂に学生、職員集合、ラジオにて大詔を拝す。満堂、ただ、すすり泣きのみ。一日中呆然とし、夕方に至り仕事にかかる。当直。興奮のためか二時頃漸く就寝。久しぶりで十時過ぎても窓を開け放って勉強ができた。十二時頃、学生らしき者昂奮して、耳鼻科と整形外科の窓硝子四枚ぶち割る。諸所で暴動めいたことが怒っているだろう。ニーチェ読了。」
敗戦の日のこの晴朗さ。坪内氏は「敗戦の日にニーチェを読んでいた日本人は、おそらく、彼女一人でしょう」と書く。

最近、『文学全集を立ち上げる』を読んで、自分の世代の教養のなさに唖然としたが、ほんの数年上の坪内祐三氏は、最後の教養世代かもしれないと思った。あとは福田和也氏くらいか。

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