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2010年4月30日 (金)

イタリア映画祭2010:その(1)

今年もGW恒例のイタリア映画祭が始まった。早いものでもう10年。観客は老若男女で多種多様だが、最近勢いがなくなったフランス映画祭より盛り上がっている感じがするのは、シネコンと大ホールの差だけだろうか。見た映画の中から、まずはベテラン監督が健在ぶりを示した『勝利を』と『バール・マルゲリータに集う仲間たち』について触れたい。

益々力強くなっているのは『勝利を』のマルコ・ベロッキオ監督だ。65年の『ポケットの中の握り拳』以来、70年代からちょっと観念的な映画を撮ってきたベロッキオは、02年の『母の微笑』以降、『夜よ、こんにちは』(03)、『結婚演出家』(06)と、一作ごとに刺戟的な作品を発表している。
『勝利を』は、ムッソリーニの愛人を主人公にした映画だが、なにより愛人を演じるジョヴァンナ・メッゾジョルノの鬼気迫る演技が印象に残る。特に大きな目が、愛や憎しみのすべてを語る。当時のニュース・フッテージをふんだんに使い、オペラを響かせて迫力を高めて行く。主人公がチャップリンの『キッズ』を見て涙を流すシーンや、精神病院の垣根を登って手紙を投げようとするシーンの美しさ。森に囲まれたヴェネチアのサン・クレメンテ精神病院を覆う霧や雨や雪が何ともすさまじい雰囲気を出している。実を言うとこの映画はDVDで見ていたが、スクリーンで見て驚いた。やはりDVDではわからない。会場で会った友人たちの誰もが衝撃を受けていたが、去年の『ゴモラ』と同じく日本では公開の見通しがないらしい。
ベロッキオはベルルスコーニ政権になって、隠喩として権力を批判するような映画を作り始めてから、明らかに力を増している。

昔ながらの手堅い手法で健在ぶりを見せたのが、プーピ・アヴァーティ監督の『バール・マルゲリータに集う仲間たち』だ。アヴァーティはほとんどの映画が生まれ故郷のボローニャを舞台にする監督だが、いつもながら大したことは起こらないのにじんわりとくるメロドラマを作る。とりわけ大人になりきれない子供じみた男たちの集まりを描くと何ともうまい。時代は1954年で、大人に憧れる少年のナレーションで始まる。女性は娼婦か母親しか出てこないくらいすべてマッチョで保守的だが、見ていて気持ちがいいのは事実だ。これは劇場公開できるのではないだろうか。もうすぐ公開の同じ監督の『ボローニャの夕暮れ』よりもおもしろいかもしれない。

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