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2010年5月 2日 (日)

イタリア映画祭2010:その(2)

監督には旬というものがある。ベルナルド・ベルトルッチやホウ・シャオシェン、あるいはヴィム・ヴェンダースのように30代や40代で頂点に達してしまい、それを超えられない監督も多い。残念だけどそんなものだ。『ジュリアは夕べに出かけない』や『ハートの問題』を見て、その思いを強くした。

ジュゼッペ・ピッチョーニ監督の『ジュリアは夕べに出かけない』は、小説家と水泳の女性インストラクターの恋を描く。ヴァレリア・ゴリーノ演じるインストラクターは実は囚人で、夜は刑務所に戻る。プールという設定はいいし、いつもながらの情感あふれる画面だが、ちょっと展開に無理がある。この監督は、『もうひとつの世界』のような高みに達することはないかもしれない。男女の悲しい恋を描く作品でも、『ぼくの瞳の光』の方がより痛切だ。

フランチェスカ・アルキブージ監督の『ハートの問題』も、ちょっと脚本に無理がある気がする。病院で知り合った男同士の友情は、即興のようで楽しい。演じているキム・ロッシ・スチュアートとアントニオ・アルバネーゼの掛け合いはおかしいし、そこにステファニア・サンドレッリやカルロ・ヴェルドーネ、パオロ・ソレンティーニなどがカメオ出演しているのも楽しいが、それにしても後半が弱すぎる。俳優の魅力だけでどうにか持っている感じだ。『かぼちゃ大王』や『目をつむって』の鮮烈な力はどこに行ってしまったのだろうか。

ベネチアで昨年見たので今回は見なかった『まっさらな光のもとで』も、『ママは負けない』や『愛と欲望 ミラノの霧の中で』のフランチェスコ・コメンチーニにしては、ちょっとがっかりした作品だった。これまでのような社会に対する強い怒りは遠のいて、焦点があいまいになった感じか。ルカ・ビガッツィの撮影は相変わらず美しいのだが。

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