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2010年5月 3日 (月)

イタリア映画祭2010:その(3)

明らかに映画の才能に恵まれているのに、確信犯的に地味な作品を作る監督がイタリアにもいる。『それもこれもユダのせい』のダヴィデ・フェラーリオと『頭を上げて』のアレッサンドロ・アンジェリーニがまさしくそうだ。

フェラーリオは『トリノ、24時からの恋人たち』という可愛らしい恋愛夢物語を作ったが、これはむしろ例外でこれまでの大半はドキュメンタリーか前衛的な手法のフィクションだ。今回の『それもこれもユダのせい』は、前衛的なドキュメンタリーともいうべきで、刑務所の中で演劇を指導する女性演出家を中心に、芝居ができあがるまでをドキュメンタリー・タッチで描く。
囚人役はすべて本物の囚人が演じているというが、彼らが歌を歌ったり踊ったりするシーンは素人とは思えない。撮影は手持ちカメラで、しばしばフレームは傾いている。どこまでがフィクションかドキュメンタリーかわからない地点で物語は展開する。すばらしい作品だが、日本での公開は難しいだろう。

『頭を上げて』はもっときつい。妻に逃げられて息子にボクシングを教えることだけを生きがいにしてきた男が、息子が恋愛を始めると邪魔をし、死に追い込んでしまう。自暴自棄になった男は、息子の臓器提供に同意し、その後その心臓を移植された相手を求めて彷徨う。息苦しいような世界を淡々と描く演出は見事だが、いかにも救いがない。この監督の前作『潮風に吹かれて』は刑務所から出てくる父親を迎える息子を描いたものだが、こちらも実に重苦しい内容と演出で、力はあるのだけれど劇場公開は難しい作品だった。

つらい内容の渋い映画でもジョルジョ・ディリッティ監督の『やがて来たる者』は、観客の共感を呼ぶ。第二次大戦中の虐殺を描いた映画だが、少女の視点から淡々と描かれたた世界は最後まで目を離せない。森の自然の音や少女の歌など、小さな音の重なり合いも美しい。悲惨な内容でも、ラストは勇敢に行動する少女に希望を託すことができる。この映画は日本公開が決まったらしい。

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