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2010年5月 5日 (水)

イタリア映画祭2010:その(4)

今回の映画祭の最大の収穫は何と言ってもマルコ・ベロッキオの『勝利を』であり、加えて彼本人が初来日したことだろう。舞台あいさつや座談会、そして映画美学校の講義で彼の話を聞いたが、なかなかおもしろかった。

「映画を作るのは今日の技術ではさして難しくないが、問題は自分が映画によって語るに値すると思う物語を見つけられるかだ。そしてその映画にふさわしい俳優が不可欠だ。監督は神ではない。ぴったりの俳優が見つかるまでは待つしかない」
「技術は問題ではない。大事なのは観客の心を動かすことができるかだ」
「最近はテレビの影響で自然体の俳優が増えているが、映画には演技が必要なのだ。」
「『勝利を』ではドイツ表現主義のような白黒のコントラストの強い映像をめざした」
「イーダを演じたメッゾジョルノは、自分の母親を想像して演技したという。母親は俳優だったキャリアを諦めて、同じく俳優だった夫の仕事と子供の教育にすべてを捧げた。その犠牲の心を思い出して演技したと語っていた」
「外国ではこの映画はベルルスコーニを意識して作ったのだろうとよく言われるが、そんなことはない。ただ今になって思うのは、二人とも映像を政治に利用した点で似ていることだ」
座談会で若い監督に「作品ごとにスタイルを変えるベロッキオは最もパンクだ」と言われると「初めてパンクと言われたが、嬉しい」。2003年の小津安二郎生誕百年シンポでペドロ・コスタが「小津はパンクだ」と言っていたのを思い出した。
座談会ではダヴィデ・フェラーリオ監督が、「イタリアでは最近自国の映画に観客が戻ってきたと騒がれているが、多くは安易な家族もの、恋愛ものばかりだ」。日本と同じである。これに対してベロッキオも「イタリア映画のルネサンスなんて嘘だ。年に何本かいい作品があるだけだ」。

映画祭は、どの回もほぼ満員だった。監督などのトークがあるのも大きいだろう。見た後で話を聞くと、おもしろいし何か得した気分になる。若者の映画館離れやシネコン以外の映画館の苦境が叫ばれるが、もっともっとこうしたトークなどのライブを増やすべきなのではないか。邦画は監督以外も関係者は多いし、外国映画なら評論家でも、買い付けした人とか宣伝担当者や映画館主だって一般の人にはおもしろいと思うのだが。

トークと言えば、イタリア文化会館での『ジュリアは夕べは出かけない』のプレミア上映にも参加したが、上映後のピッチョーニ監督との座談会の司会者は、イタリア語が堪能なこともあってか、しゃべりすぎだった。司会の役割はあくまでゲストに話させることにあることを忘れてはいけない。

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