« 『徒然草』の現代性:その(1) | トップページ | 『徒然草』の現代性:その(2) »

2010年5月13日 (木)

映画原理主義者ペドロ・コスタ

明らかに映画的才能に溢れているのに、あえて一般の人々には受け入れられないような映画を確信犯的に作り続ける監督がいる。ゴダール、アンゲロプロス、ジャームッシュ、キアロスタミなど世界中にいるが、そういう人々を「映画原理主義者」と呼ぶとすると、最近ではポルトガルのペドロ・コスタが一番だろう。7月公開の彼の新作『何も変えてはならない』の試写を見て、その思いを強くした。

ジャンヌ・バリバール主演というのが唯一の一般受けする点だが、映画は彼女のコンサートのリハーサル風景を白黒でえんえんと映し出す。いつどこで、何の曲を練習しているかの説明は一切なく、リハーサルは続く。かと思うとふっと場面が変わり、別の場所で別の曲だ。オペラのリハーサルもある。本番の舞台で「大砂塵」の音楽「ジョニー・ギター」を歌うシーンもある。暗い場面が多く、陰影の中にジャンヌ・バリバールの顔がうっすらと浮かび上がる。まるでドイツ表現主義のサイレント映画のように、濃淡のくっきりした映像だ。
これまでのペドロ・コスタの多くの映画がリスボンのスラムの中だけを描いたように、この映画もリハーサル室に閉じ込められた人々を映す。相変わらず力強くかつ繊細な映像だし、音の入り方も何ともいい。それにしても一般には難しい映画だろう。

映画美学校での上映後、監督の講演を聞いて、いくつかのことがわかった。『何も変えてはならない』というのは、ゴダールの『映画史』の冒頭のセリフで、もともとはブレッソンの言葉らしい。この映画ではジャンヌ・バリバールがゴダールに頼んで「何も変えてはならない。すべてが異なるように」というセリフを録音してもらい、テープで送ってきたものを使ったという。確かに映画の中のあのダミ声は、ゴダールだろうと見ながら思った。
コスタにとって、いい音楽映画は2本しかなく、ゴダールの『ワン・プラス・ワン』と『右側に気をつけろ』という。
撮影はパリ、リスボン、ブリュッセル、東京などいくつもの場所で行われた。「ジョニー・ギター」は東京だったという。
この映画に出ている人々は、撮影されたいという欲望があり、撮影スタッフとの間に信頼感がある。そこに生まれる欲望の循環を感じてもらえたら、とコスタは言った。
7月下旬公開。

|

« 『徒然草』の現代性:その(1) | トップページ | 『徒然草』の現代性:その(2) »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/48346226

この記事へのトラックバック一覧です: 映画原理主義者ペドロ・コスタ:

« 『徒然草』の現代性:その(1) | トップページ | 『徒然草』の現代性:その(2) »