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2010年5月31日 (月)

くせになるゾンビ映画

別にゾンビ映画にくわしいわけではないが、夜遅く地下鉄に乗っていると、疲れ切った人々の群れがゾンビに見えることがある。疲れてボーっと遠くを見ている人々。そんなことを思ったのは、6月12日公開のジョージ・A・ロメロ監督『サバイバル・オブ・ザ・デッド』を見たからだ。

今回は『シャッター・アイランド』のように、ある不思議な島にたどりついてからの話がメインとなる。甦った死者が生きている人間を襲う事件があちこちで相次いだ頃、「安全な島」があるという情報をインターネットで見つけたことから、その島に向かうことになる。ところが行ってみると、その島ではゾンビを皆殺しにする保守派と飼育し、調教する革新派の二つの家族が争っている。インターネットは島から追い出された保守派が、自分の味方を集めるための罠だったというから、わけがわからない。
見ていると、だんだんゾンビの側に視点が移っていて、彼らがかわいそうに見えてくるところがおかしい。残酷なのは人間で、人格を持っているのはゾンビの側といいたげだ。
いいかげんな設定、あまり怖くないゾンビ、何だか笑ってしまうようなチープさが随所にあるのも魅力だ。くせになるファンがいるのもうなずける。

もともとはムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)のような吸血鬼映画が起源だろうが、ゾンビ映画は今やひとつのジャンルとして実在しているような気がする。少なくとも朝や夜の通勤電車のなかには、ゾンビがあふれている。

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