« 美術館という現代の化物 | トップページ | 『グリーン・ゾーン』と『<中東>の考え方』 »

2010年5月24日 (月)

「文化的多様性」のいろいろ

先日、文化的多様性をめぐる会議に参加した。全く専門外だが、断りにくい方に頼まれたからだ。ユネスコが2005年に採択した「文化的表現の多様性」条約をめぐる話だったが、フランス人と話していてどうも文化的多様性という意味が、ヨーロッパと日本ではずいぶん異なる気がした。

ヨーロッパにおいて文化的多様性と言う場合、グローバリゼーションによってアメリカ文化に自国の文化が潰されるのを守るということが第一のようだ。米国と欧州は同じような文化的ルーツだからその心配もあるのだろう。映画を例に取ると、外国映画の占める割合に制限をかけたり、興行収入の一部を自国の映画への製作助成金に当てたりする。ヨーロッパの場合、全興行収入に占める自国映画の割合はフランスでも4割、ほかは1~3割だから、危機感にはリアリティがある。

ところが日本で起こっているのは、日本文化を捨ててアメリカ文化に行こうという動きではない。映画でいえばここ
数年、全興行収入の6割前後を日本映画が占める。問題はそのうち当たっているのが、テレビ局を中心とした莫大な広告費をかけた映画だということだ。外国映画に関していえば、大きな広告費をかけられるハリウッド映画しか当たらなくなった。2008年と2009年の外国映画の総興行収入はほとんど変わらないが、本数は388本から314本に減った。減ったのはヨーロッパやアジアの映画だ。

単純化して言うと、日本人の大半はハリウッドの大作とテレビ局が作る日本映画しか見なくなった。1980年代後半に『ベルリン 天使の詩』が1年間もロングランしたような時代は、完全に終わったわけだ。日本での文化的多様性の問題は、メジャーでないもの、広告とメディアによって作られた流行から外れているが質の高いものものをどう守るかにある。それがどこの国のものかは問題ではない。会議後の打ち上げでこうしたことをフランス人相手に話したが、あまり通じなかったようだ。日本はメディア支配が世界で最も進んでいるのかもしれない。それは日本人の「劣化」ともつながっている。

|

« 美術館という現代の化物 | トップページ | 『グリーン・ゾーン』と『<中東>の考え方』 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/48444051

この記事へのトラックバック一覧です: 「文化的多様性」のいろいろ:

« 美術館という現代の化物 | トップページ | 『グリーン・ゾーン』と『<中東>の考え方』 »