« 『アンアン』の「夏のおうちごはん」特集 | トップページ | 今の時代に年率10%の利益を得る方法 »

2010年6月30日 (水)

『昭和16年夏の敗戦』の衝撃

知らなかった。昭和16年4月に「総力戦研究所」なるものが設立され、軍や省庁を中心に民間企業、マスコミを含む30代のエリートが約30人集められ、日米開戦のシミレーションがなされていたことを。そしてそこで、開戦しても必ず負けることが予測されていたことを。最近文庫化された猪瀬直樹氏の『昭和16年の夏』は、この知られざる研究所の活動を調査した衝撃の書だ。

この研究所はイギリスの国防大学(戦後の戦略研究所)を真似て作られたらしい。30余名は<総理大臣>を始めとして、閣僚や次官、<日銀総裁>などとなり、まさに「影の内閣」を作って日本の生きる道を模索した。既に米国は石油の輸出を止めており、このままではオランダ領インドシナに攻め込んで石油を奪うしかない。それができたとしてもそこから日本に石油を運ぶ海路はフィリピンを支配するアメリカ軍に握られているから、輸送は困難である。日本の石油はあと2年しかもたないし、そのほかの資源も英米に比べて圧倒的に劣るので、日本が勝つ道はまずない。
この提言は8月に近衛総理大臣の前で発表され、10月に総理になる東條陸相も同席していたが、結果的に無視される。そして12月8日の真珠湾攻撃に至り、事態は研究所報告の通りに進行する。

おもしろいのは研究所の会議で陸軍出身の<陸軍大臣>が、日本の資源の絶望的な少なさの報告の後に、「日本には大和魂という資源がある」というくだりだ。それに対して<海軍大臣>は「だったらアメリカにはヤンキー魂がある。片方だけ都合の良いように考えるのは誤り」と一蹴する。
あるいは本土決戦の際の捕虜の扱いや、敗戦後の体制まで議論している。

この研究所にいた人々は、戦後だいぶたってから「反省会」という名のもとに毎月集まるようになった。この本のエピローグに、猪瀬氏が1983年にその会を訪ねるくだりがある。東郷会館で開かれたその会には、全員80代だが25人も参加者があったという。そこで何が毎回話されていたのだろうか。

|

« 『アンアン』の「夏のおうちごはん」特集 | トップページ | 今の時代に年率10%の利益を得る方法 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

負けた戦争ですから、後になってそれを否定するのは簡単です。
でも私が知りたいのは、「では、どうすれば良かったのか?」
戦わない選択肢には何が待ち受けていたのでしょうか?

まだ読んでいないんですが、この本、
その答えが見つかりますか?

投稿: kai | 2010年8月22日 (日) 01時23分

あのときに、私が戻れても「神国日本の狂奔」は止められなかったでしょうね!

真珠湾後の日本が航空燃料が枯渇し、原油も備蓄はわずか、どうして経済破局を避けたのか?
1940.12〜45.8の4年8ヶ月が不可思議です。

きっと、現代の日本が経済危機を迎えながら与党代表選をするのとおなじ「バカの壁」の構図は不変なのでしょうね

投稿: 濱千鳥 | 2010年9月 5日 (日) 08時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/48755133

この記事へのトラックバック一覧です: 『昭和16年夏の敗戦』の衝撃:

» 「昭和16年夏の敗戦」 猪瀬直樹 [ケンケンの独り言]
昨年の8月2日の衆議院予算委員会で、自民党の石破茂議員が、菅総理に文民統制に つ [続きを読む]

受信: 2011年8月21日 (日) 08時17分

« 『アンアン』の「夏のおうちごはん」特集 | トップページ | 今の時代に年率10%の利益を得る方法 »