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2010年6月19日 (土)

久しぶりのイラン映画

かつて年に何本も日本で公開されていたイラン映画も、昨今の洋画不振のせいか少なくなったような気がする。9月公開の『彼女が消えた浜辺』は久しぶりのイラン映画だ。監督がキアロスタミでもマフマルバフ一家でもなく、全く無名の監督だがベルリン映画祭で銀熊賞を取ったというので気になって見に行ったが、期待にたがわぬ秀作だった。

物語はリゾート地の浜辺で展開する。大学時代の友人たちが家族連れで集まるが、そのうちの独身男性に紹介するために、保育園の先生エリにも声をかける。ところが海岸でエリが忽然といなくなる。みんなが慌てて海を探すが見当たらない。そもそもエリが誰かもよく知らなかったのだ。

海辺で起こる極上のミステリーで、これがイラン映画とはとても思えない(というのは偏見だが)。一人の女性の蒸発をきっかけに複数の男女が海辺で慌てふためくさまは、まるでアントニオーニの『情事』みたいだ。エリを誘ったセピデーの嘘が次第に明らかになる。それを糊塗するために、仲間たちも嘘を重ねる。
脚本も撮影も演技も計算されつくされている点も、『情事』みたいだ。エリがいなくなってみんなが慌てるという事件だけで一カ所で2時間近く展開する集団劇なのに、全く退屈しない。エリがいなくなってみんなが騒ぐ時の手持ちカメラの使い方も絶妙だ。ラストの不思議なシーンも象徴的でピタッと決まっている。
『情事』と違うのは、その女性の婚約者が現れることだろう。そもそも結婚相手を探しているという話だったのに。そこでセピデーは真実を語り彼女の名誉を守るべきか、仲間たちを守るべきか悩むというのも東洋的かもしれない。婚約者の名誉の問題もある。そんな時、「コーランにかけて誓う」などというセリフも出てくる。

それにしても、エリにしてもセピデーにしても出てくる女性は美人ばかりだ。イランにはそんなに美人が多いのだろうか。そういえば広尾にあるフランス大使館の現在の文化参事官の奥さんはイラン人だが、その方も何とも美しいのを思い出した。

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