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2010年6月 7日 (月)

池波正太郎の優雅な銀座歩き

最近、銀座を歩くと嬉しくなる。長い間その近くで働いたからだが、その華やかな感じがたまらない。そんな時、『池波正太郎の銀座日記(全)』という文庫本を本屋で見つけて読みはじめた。銀座で試写を見て、人に会い、洋食や中華やすしを食べる毎日を記したものだが、銀座を愛してやまない池波の気持ちが伝わってきて気持ちよかった。

1983年から亡くなる1990年まで『銀座百点』に連載したもので、私の大学時代や勤め始めた頃に見た映画が出てくるのも楽しい。『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』のヤマハホールの試写などは、同じ場所にいたようだ。初めて私に試写状が届き始めた頃だ。
池波は家や山の上ホテルで小説を書き、挿絵を描く。その合間に銀座に出かけて、映画を見て本を買い、うまいものを食べてタクシーで帰る。その繰り返しに次第に老いが忍び寄る。

「晩春から初夏へかけての銀座の夕暮れ。これだけは何といっても大好きだ」
「とんかつだのカツレツは人それぞれにルーツがあって「それはぬきさしならないものです」いつか、私の友人がそういったことがある」
清月堂で大きなサンドイッチを食べて「小さく切ったサンドイッチは大きらいである。あんなサンドイッチは女子供が食べるものだ」
煉瓦亭でカツレツとハヤシライスを食べて、「満腹となって外へ出る。つぎに近くの風月堂へ入り、好物の柚子のシャーベットにコーヒー」
「きょうは、まったく酒もビールものまかなった。何十年ぶりのことだろう」
「昨日はRのポタージュ・スープとチキン・ライスを食べたので、きょうはロース・カツレツと御飯。それから清月堂へ行き、洋梨のシャーベットにコーヒー」
「Lへ行き、ロール・キャベツとパンで赤ワインを少し飲む。これで私の腹は満ち足りてしまう。ほんとうに食べられなくなってきた」
本の中頃からだんだん食事が減ってゆく。
「開場したばかりの銀座セゾン劇場へおもむいた。何とも勝手が悪い劇場で、いわゆる高級趣向の、いまの日本にとってはアナクロニズムもいいところという劇場だ」
「読むものがなくなったので、自分の古い小説の文庫版を、このところ毎夜、読んでいるが、とても自分が書いたものとは思えないほど、おもしろい」
「食事をするにも、顔を洗うにも、ひどくエネルギーをつかうことがはっきりとわかる」
「銀座は女たちがあふれていて、私は、今や、日ざかりの散歩が疲れてならない。コーヒーを飲んで、早々に帰宅。消費税についての講演の依頼、あとは、マンションを買えという電話三回。世の中は、次第に狂って来つつある」いわゆるバブル期だろう。
「脂身のたっぷりついた黒豚のロース・カツレツ。これこそ、私の夏の活力源だ。・・・今度、外へ出たら、どこでロース・カツレツを食べようかと考えている。私のは、いわゆるトンカツではない。昔風のロース・カツレツだ」
「先生がはげましてくれる。しかしいまの日本で、いまの東京で、そんなに長く生きるのが幸せかどうか」
「昨夜、ワンタンを食べた夢を見たので、夕飯はワンタンをつくらせる」
最後の文章は「ベッドに入り、いま、いちばん食べたいものを考える。考えてもおもい浮かばない」

久しぶりに豚のカツレツを食べたくなった。

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