『告白』への違和感
公開週より2週目や3週目の方が人が多いという話を聞いて、なぜだろうと見に行った。テレビ局が入っていないのに当たっているということも気になっていた。確かに、4週目の日曜週末の17時の回にしてはかなりの入りだった。で、映画はというと、おもしろかったがかなり違和感が残った。
もちろん中島哲也監督は才人だ。『下妻物語』のポップなおかしさには脱帽したし、『嫌われ松子の生涯』もそれなりに楽しんだ記憶がある。
今回の『告白』も、先生の松たか子に始まって複数のナレーションを交錯させ、スローモーショーンとアップ、細かいカット割りを駆使して物語を引っ張ってゆく力は相当なものだと思う。松たか子を始めとして、岡田将生など俳優の演技も過剰で的確だ。
しかしそれゆえに、見ていて「映像に操られている」感覚が強く残った。何度も水や血のしぶきが目に見えるようなスローモーションを見せてくれるが、繰り返しの映像も多く、途中から単調に見えてきた。音楽の盛り上げも然り。
この違和感は岩井俊二監督の『スワロウテイル』などの作品や、かつてのピーター・グリーナウェーの映画などにも感じたものだ。つまり「映像を操る」ことで、観客を強引に引っ張る映画だ。それは中島監督の『人妻物語』にもあったが、かなり抑えられていたと思う。今回はそれが全開になって、校内殺人というショッキングでありながら現代的な内容とあいまって、若い人をこれだけ動員しているように見えた。
見終わった時、若いカップルが「言葉が出ないよ」と震えていた。一方中年のおばさん二人組は、「途中から何でこんな話を見ないといけないのかと思い始めてねえ」と言っていた。
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