それでも『いまも、君を想う』に心を動かされる
有名人が亡くなった妻の思い出を本にする、そんなものは普通は読みたくない。ましてや『いまも、君を想う』などと題を付けて、妻の写真を表紙にするなんて、恥ずかしいにもほどがあると思う。そんな暴挙に出たのが川本三郎氏の本だが、読んでみるとなかなかおもしろくて、心を動かされる。
どうしても自分の家族や思い出と比べてしまうから、人によって、感動する部分は違うだろう。私がぐっときたのは以下の部分。
まず、有楽町で先輩と飲んでいたら、先輩から「そんなに好きな子がいるなら、こんなところで飲んでいないで、いますぐその子のアパートに行け」と言われて、そのままタクシーで行って交際が始まったこと。新聞社を辞めざるをえなくなった時に、まだ21歳なのに「『私は朝日新聞社と結婚するのではありません』と、心を還ることなく結婚したいと言ってきた」こと。彼と結婚したのは、映画『真昼の決闘』のグレース・ケリーのつもりだったのかと、ずっと後になって気づくこと。
妻は外国人の難しい名前をすらすらと言えたこと。『善き人のためのソナタ』のフロリアン・ヘンケン・フォン・ドナースマルクとか。妻の勧めでアロハシャツを着始めたら好評だったこと。
ホウ・シャオシェンの映画を見て、台湾旅行をすると決めること。それが最も楽しい旅だったこと。
小津の『東京物語』の終わりで笠智衆が「こんなことなら、生きとるうちに、もっと優しうしといてやりゃよかったと思いますよ」というシーンを見て、後悔すること。
こうやって書きならべるときりがない。もちろんこれは本であって、そのまま事実ではないだろう。脚色もあるだろうし、書けない「本当のこと」はたくさんあるに違いない。それでも、この本を読んで良かったと思った。
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