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2010年7月13日 (火)

するする入る『美学入門』

中井正一の『美学入門』が文庫になっていたので、思わず買った。大学生の頃に美術史の授業で取り上げられたので、図書館で借りて読んだ記憶がある。当時は何もわからなかったが、今読んでみるとするすると入ってゆく。

中井と言えば戦前の京都学派の俊英で、投獄されたこともあったはずだ。1951年に出た『美学入門』は、かつての哲学青年の必読書だったという。いくつかを引用する。

自然の美とは「これまでの不自然なこころもちが、その自然を見ることで、意外にも自分自身融けほぐれて自由になり、解放されたようなこころもちになることである」。わかりやすい。

技術や科学の美とは「人間の技術は、みんな、このはかない試みなのである。渺たる宇宙に比して、小さな秩序ではあるが、しかし、宇宙のほかのどこにもありえない、創られつつある秩序である」。

芸術の美とは「自分が自分を責めて、真剣な命をかけた鍛錬をした時、このマニエールが消えて、一つのスタイル、一つの風格に達するのである」。何かわかる気がする。

「日本人の美の理想は、芭蕉にいわしめれば、浅い川を流れる水のように、あくまですがすがしく、清らかで軽くて、とどこおりなくて、明るくて、さやけきとでもいうようなものが、美しいとされるのである。……茶室の柱や屋根は、ギリシャ建築の柱のように、いかめしくもなければ、教会建築のように天を貫いてもいない。実に寂(しず)かに、軽く、宇宙の今と、ここに静まりかえっているといった感じでそこにあるのである」。今も日本の美はこのままだろうか。

映画についてはこう述べている。「おそらくこの機械の発達した芸術は、ラジオ、テレビジョン、印刷、機械美の出現と共に、これまでの芸術理論を根底からくつがえし、人々に個人主義の終結を説明する大きな発言をすることとなるかもしれない。これは理論の適応の集団化にまさに対応して、この世紀の後半部の課題となるであろう」。1951年に書かれたこの文章は、テレビ、映画からインターネットまで至る大衆化を予言している。

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