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2010年8月 7日 (土)

「新聞の映画評」評:8/6『セラフィーヌの庭』

昨日の夕刊各紙を見て、ちょっと驚いた。私はてっきり『セラフィーヌの庭』がメインの扱いだろうと思っていたからだ。朝日では全く触れられておらず、読売は小さな紹介だ。大きな扱いは日経と毎日のみ。

朝日も読売も話し合ったかのように『ヒックとドラゴン』をトップに、『シルビアのいる街で』と『ペルシャ猫を知らない』を並べていた。『ヒックとドラゴン』は私には関心がないのでともかく、問題は2本のアート系作品だ。

『ペルシャ猫を知らない』はもちろんおもしろい。しかしホフマン・ゴバディ監督としては、少ない予算でドキュメンタリータッチで巧みに撮った小品で、『酔っぱらった馬の時間』や『亀も空を飛ぶ』ほどの衝撃はない。読売も朝日も「当局の許可を得ずゲリラ撮影を敢行」とか、「ゴバディは亡命中」とか政治的な状況について触れているが、それに引っ張られ過ぎていないか。私はこの映画の演出に、イラン映画によくある詐欺師的なうまさを感じた。

『シルビアのいる街で』は、映画青年が作ったような映画だ。朝日は「映画とは何か―。答えを知りたければ…この作品を見ればよい」と大見えを切り、読売は「詩的で優雅な映像の旅に、しばし酔わされた」と絶賛する。本当にそれほどのものだろうか。異国の街で気に行った女性をつけてゆくという男性好みの筋立てを、丁寧な撮影と録音で仕立てたもので、私には映画原理主義者の作品に見えた。こういうものばかりほめると、映画はどんどんやせ細ってゆく。他者不在の男性中心的な視点も気になる。朝日と読売で絶賛したのは共に男性筆者だったが。

それに比べて『セラフィーヌの庭』は、人生そのものを描く、オーソドックスな強さを持つ。これまで画家を描いた映画は数多いが、これはその中でも最高傑作なのではないか。とにかく主演のヨランド・モローがすごい。「憑依という言葉で足りないヨランド・モローの名演技から、一瞬たりとも目がそらせなくなる」と書いた毎日の記事に全く同意する。

もちろん私は『ペルシャ猫を知らない』も『シルビアのいる街で』も好きだが、あまりほめすぎてはいけない映画の典型だと思う。

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» セラフィーヌの庭 [LOVE Cinemas 調布]
フランスに実在した女性画家セラフィーヌ・ルイが画家として花開くも不遇な晩年を過ごす半生を描いた伝記ドラマだ。2009年のセザール賞で作品賞をはじめ7部門を獲得。特に主演のヨランド・モローは主演女優賞のほかに、アカデミー賞に最も強い影響を与えるといわれるLA批評家協会賞の女優賞を授賞している。監督はマルタン・プロヴォスト。... [続きを読む]

受信: 2010年8月27日 (金) 16時29分

» セラフィーヌの庭 [映画的・絵画的・音楽的]
 静かなブームとなっていると耳にしたので、『セラフィーヌの庭』を神田神保町の岩波ホールで見てきました。行ったのは土曜日の最終回でしたが、依然として大勢の観客が集まっていました。ブームは未だ続いているようです。    なお、この映画館は、5年ほど前『絵巻 山中常磐』を見て以来です。  その際にも思いましたが、ホール(220席)の正面が奥行きのある舞台になっていて、その奥の壁にスクリーンが設けられているために、スクリーンがひどく遠くにある感じがしてしまうのと、正面に近い左右や後方の非常燈の明かりが強すぎ... [続きを読む]

受信: 2010年9月 5日 (日) 10時44分

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