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2010年8月22日 (日)

辻邦生と北杜夫の往復書簡

辻邦生と北杜夫の往復書簡集『若き日の友情』を読んだ。どこかの書評で読んで気になったので、アマゾンで取り寄せた次第。20代前半から30代半ばまでの、二人が有名になる前の往復書簡を集めたもので、これがおもしろい。

メールはおろか電話もほとんどなかった時代に、二人で競うように自分の考えを書き、相手の反応を待つ濃厚な友情が伝わってくる。特に「僕のリーベ」という書き出しで始める辻は本当に北のことを愛していたのではないかとさえ思われるほどだ。旧制高校的な同性愛というか。
松本高校から東北大学に行った北と、留年して松本に留まった辻と1948年のやりとりに始まり、辻がパリに留学して帰国する1959年で終わるが、後半の部分がおもしろい。すなわち、辻は結婚して妻とフランスに留学し、医者となった北はマグロ調査船の船医として世界を巡る。北は寄稿地からパリに向けて手紙を書くが、パリでの再開が近づいた時の手紙は、シンプルだが心を打つ。
「二人とも、会った時の話、整理しておいてください。辻フサイがこの世にいてとてもシアワセです」(1959.1.28 リスボン)
「フランスでは滞在が短そうで、せいぜい二日パリにいられるくらいかもしれない。いざとなれば美術館けづる。それからロー人形をみたい。病気しないで!」(1959.2.11 アントワープ)
そして次にはもう別れた後の手紙だ。
「二人のおかげで、そしてパリの変てこな魔力で、僕は本当に開眼してしまった。もう何が起こっても動じそうにない」(1959.3.3 ジェノヴァ)
いったい北はパリで何をしたのだろうか。当然だが、辻と会っている間は手紙はない。この本には、こうした肝心の部分が書けていることの快さがある。

北はこの船旅を『どくとるマンボウ航海記』として出してベストセラーとなり、次の『夜と霧の隅で』で芥川賞を取る。すると北は何とか辻も文壇に出そうと努力し、パリにいる辻に文章を書かせてさまざまな出版社を当たる。その数年の友情も美しい。
辻夫人の美術史家、辻佐保子の存在もいい。辻の手紙に時々書き足す。「うちのダンナは宗吉先生がとてもとても好きなので、おゆるしください」(1957.9.13 東京)「うちの文豪は、相変わらず変な記号を発明したり、小説をうまく作るには「どう糸をはりめぐらすべきが」というような間の抜けたことを毎日考えています」(1960.7.25 パリ)

辻邦生夫妻を一度パリで見かけたことがある。80年代半ば、パンテオン寺院近くの中華料理店から出てきたところで、仲睦まじそうに歩いていた。

実を言うと北の『楡家の人びと』は、私の高校時代の愛読書だった。もう一度読んでみたくなった。

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コメント

僕も、以前、ジェンダー論の講義レポートで、辻邦生と北杜夫の”男同士の絆”に疎外される辻佐保子のことを書きましたよ。
ただ、その時は、辻邦生と森有正、栗津則雄、福永武彦との関係にも触れました。

辻佐保子を慕う美術史家は、男女問わず多い。彼女の雰囲気は工藤庸子に近い気がします。
世界的ハーピストの吉野直子は、彼女の親類だそうです。

投稿: マサユキ | 2010年8月22日 (日) 13時52分

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