長寿大国ニッポンの闇:その(2)
読売新聞の日曜朝刊一面の寄稿「地球を読む」は、その恐るべき保守性のゆえにかつてこの欄で「ナベツネコーナー」と揶揄したことがある。先週の山崎正和氏も今朝の山折哲雄氏もその頑迷なまでの保守性は、ほとんど老人の戯言のようだ。山折氏は「高齢者不明の夏」と題しているから、このアクチュアルな問題に宗教学者が迫るかと期待したが、柳田国男などの引用に終始してがっかりした。それでもおもしろかったのは、「人生80年」というのは最近のことだという指摘だ。
かつては長い間、織田信長の「人生五十年」に代表されるように、五十まで生きることのが普通の感覚だった。江戸時代後期の平均寿命は、ほぼ50歳らしい。そうしてつい、二、三十年前まで我々はほぼ人生50年の感覚で生きてきたと山折氏は言う。確かに昭和30年の平均寿命は60歳と少しだ。それから寿命はどんどん伸びた。いまや日本人の平均寿命は80歳を超す。山折氏の主張は、我々は人生80年時代の死生観をまだ持っていない、というものだ。
確かに医療の発達や社会保障の充実で、寿命は世界中で飛躍的に伸びている。死生観などと大げさに言わなくても、単純にたいていの老人を家族は持て余し、社会にはそれを受け入れる十分な制度が整ってないというのは、よく理解できる。そのうえ、最近の格差社会だ。若者も中年も老人も、食べていけない人が急増している。行方不明者が増えるのは当然だ。大学で教えていると、今後若者の行方不明が増えるような気がしてならない。
かつてダニエル・シュミット監督のドキュメンタリー映画で、『トスカの接吻』というのがあった。ミラノにある「ヴェルディの家」という施設は、かつて活躍した音楽家たちが老後を過ごす施設だ。みんなが過去の栄光に浸りながら生きていて、楽しそうだった。
かつて一緒に仕事をした気の合う人々で集まって暮らすようなことは、実際には難しいのだろうか。
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