『ながい旅』の爽やかさ
毎年8月には本屋には戦争や終戦関係の本が並んでいる。その中で最近手に取ったのが大岡昇平の『ながい旅』。『レイテ戦記』はずっと昔に読んだが、こちらは読んでいなかった。B級戦犯として死刑になった元陸軍中将岡田資の裁判を丹念に追いかけたもので、猛暑を忘れるような爽やかな読後感があった。
岡田は名古屋の司令官として、投降したB29搭乗員38名を処刑した責任を問われて、戦後の横浜裁判にかけられる。実は私はB級やC級戦犯の裁判が横浜で行われたことさえもよく知らなかった。この本は裁判記録や岡田の遺著、家族への聞き取りなどをもとに、自らの責任を明言しながら、同時に米軍の無差別攻撃を堂々と非難して死刑判決を受けた岡田の数年間の戦いを追いかけたものだ。
読んでいて何度も感じるのは、その高潔な人柄だ。かれは裁判を「法戦」と名付け、本土決戦の延長として、明晰な論理で米軍の無差別攻撃を国際法違反として非難する。捕虜の処刑に関しては、ひたすら部下を庇い、全責任は自分にあるとする。おもしろいのは、その態度が次第にアメリカの裁判官の尊敬と同情を集めることだ。途中でこれは死刑は免れるのでは、と思わず期待してしまう。
裁判中に長男が結婚し、式場から妻と法廷にまっすぐ来て、それから新婚旅行に行くシーンや、妻への愛情のこもった遺書などは、読んでいて胸がつまった。
自らフィリピンで捕虜となり、戦後は文学で戦争の意味を問い続けた大岡昇平の渾身の一編だ。日本に米軍基地があることを当然のように思う風潮の現在、この本は今でもアクチュアリティを持つ。
数年前の映画『明日への遺言』は見逃していたが、これが原作だったと読後にネットを見ていて知った。DVDを見てみよう。
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