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2010年9月 2日 (木)

東郷和彦から大仏次郎へ

海外旅行をすることになり、新書や文庫本を何冊か買った。飛行機で最初に読んだのが、東郷和彦氏の『歴史と外交 靖国・アジア・東京裁判』と大仏次郎氏の『終戦日記』。大岡昇平氏の『ながい旅』に影響を受けたのか、急に戦争関係の本を読みたくなった。

東郷氏は外交官でエリートコースを歩んでいたが、数年前の鈴木宗男議員と外務省のいざこざの時に辞めさせられた人だ。知らなかったがその後6年間も海外の大学で教えていたという。彼はその間、日本の外交を外から自由に考えると同時に、敗戦時の外務大臣でA級戦犯となった祖父東郷茂徳のとった行動についても分析している。
この本はその結果を随筆風に書いたもので、読みやすいうえに刺激的だ。学者の国際関係論とは一味違う、外交の現場を踏まえたうえでの歴史的な考察だ。彼が言いたいのは、一言でいうとこういうことだろう。第二次世界大戦において日本が取った道は、侵略のためだけのものではなかったし、原爆投下は本来なら非難さるべき面を持ち、東京裁判は間違っている部分もある。それは公式に言えることではないが、民間や学者レベルで研究を積み重ねていけば、世界の人々に耳を傾けてもらえる時が来るだろう。

大仏次郎氏の日記は1944年9月から1945年10月まで書かれた日記で、最初に「物価を書き留める」と書いてあるように、敗戦に向かう一年間の生活を詳細に描いている。
戦争に反対するわけではないが、ずるい軍部の悪口を平気で書き、退廃に近づく庶民の道徳を非難する。広島に原爆が落ちるとその日のうちに彼のもとには10万人以上の死者らしいという情報が入るが、政府はそれを敗戦に至るまでひた隠しにした。彼は8月7日に書く。「自分たちの失敗を棚に上げ、本土決戦を呼号し、国民を奴隷にして穴ばかり掘っている軍人たちはこれにどう答えるか見ものである。……話が真実ならば国民は罪なく彼らとともに心中するのである。くやしいと思うのは自分の仕事がこれからだということである。この灌漑だけでも方法を講じて後に残したく思う。知らないで死んだのではなく、知りつつも已むを得ず死んだのだということを」。
驚くのは、そうした日々にも普通の日常があったことだ。その少し前の7月28日には小林秀雄と共に、工場で講演会を開いているのだから。

読んだ後に気がついたのだが、彼はその頃今の私とほぼ同じ年だ。この円熟味はすごい。もちろん大小説家と比べてもしょうがないが、やはり「人生五十年」の時代ということもあるだろう。

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