才人フランソワ・オゾン
最近、自らの作家性を保ちしながらもある程度の興行収入を約束してくれる監督が少なくなった。かつてヨーロッパには、トリュフォー、ロメール、タヴィアーニ兄弟、ベルトルッチ、ヴェンダース、ルコントなど何人もいたが、最近ではスペインのペドロ・アルモドバルとフランスのフランソワ・オゾンくらいか。ベネチアで最新作のPotiche『しあわせの雨傘』(何という邦題!)を見たが、先日試写を見たのはその前にオゾンが作った『リッキー』で、両方ともお正月映画。
『リッキー』は、平凡な男女に生まれた赤ちゃんに翼が生えて、空を飛ぶと言う話だ。そんな話が映画になるかと思うが、それを映画にしてしまうのが才人オゾン。赤ん坊に翼が生えるのを、天使のように宗教的な超自然現象にせず、極めて日常的、物理的に見せてゆく。
工場に勤めるバツイチの平凡な子持ち女は、新しく入社したスペイン人とできてしまう。二人の間にはあっという間に子供ができて(映画ではちょっと早すぎる感じだが)、お決まりの夫婦喧嘩が始まる。男が出てゆくと、赤ちゃんには翼が生えていることが判明する。
男女は普通のカップルにありがちな問題を抱え、悩みながら生きる。そして赤ちゃんが空を飛ぶと、みんなが素直に喜んでしまう。まるでそれまでの夫婦のいざこざを解消するように夫と仲直りし、宝くじに当たってしまう。
ファンタジーと、コメディーと、若干の人生の教訓と。これだけ見せたら十分だろう、といわんばかりに、映画はぴったり90分で終わる。オゾンはこれまで映画にはできないような内容を扱いながら映画らしい構成を作り、それなりのリアリズムを与えるのに成功している。特に夫婦を演じるアレクサンドラ・ラミーとセルジ・ロペスは、その普通さがリアルで役にピッタリだ。
『しあわせの雨傘』は『8人の女たち』のような大芝居だが、こちらは誰もがすっと入って楽しめる、日常の延長線上に奇跡を埋め込んだ可愛らしい小品だ。
問題は、で、いったい何を言いたかったのかということだ。かつて『サマードレス』や『まぼろし』などには、人生のリアルな痛みがあったような気がするが、ここ数年の作品は「今度はこのテーマで作りました!」と報告する優等生のようにも見える。『リッキー』を今年のベルリンのコンペに出し、『しあわせの雨傘』を同じ年のベネチアのコンペに出す生産性の高さはすごいのだけれど。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 『TOKYOタクシー』に考える(2025.12.07)
- 地下鉄の線路に手帳を落とす(2025.12.03)
- 少しだけ東京フィルメックス:続き(2025.12.05)
- マルセル・アヌーンを見る(2025.12.01)


コメント