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2010年9月 9日 (木)

リド島でラバウルの軍事裁判について考える

ベネチアのリド島で映画三昧の日々を送っていた時、頭の中はラバウル島で第二次大戦後に行われた軍事裁判のことが駆け巡っていた。大岡昇平の『ながい旅』に触発された読書の続きで、角田房子著『責任 ラバウルの将軍 今村均』を映画の合間に読んでいたからだ。

今村均は、陸軍大将で第8方面司令官としてラバウルにいた。この本は主として彼が戦後どのようにして軍事裁判を生き抜き、部下たちを守ってきたかが書かれている。とにかく自分が知らなかったことが多い。
軍事裁判は東京裁判以外にも中国やシンガポールなどで行われたことは知っていたが、こんなにも簡単に死刑判決が出ていたことに驚いた。実態の不明なソ連を除いても日本以外での死刑が936人もいる。特にラバウルは敵の捕虜や現地人の虐殺がほとんどなかったにもかかわらず、協力関係にあったインド人兵士や中国人兵への暴力という目的で、十分な調査もなくオーストラリア軍によって死刑判決が下されている。

今村はそのなかにあって、部下の刑を軽くするために自分を犠牲にしてあらゆる手を打つ。次第に彼はオーストラリア軍にも尊敬される。その姿は、『ながい旅』の岡田資と重なってゆく。日本の軍人、特に将校と呼ばれる支配層にもこんなに高潔な人物がいたのかとあらためて驚く。

今村は懲役10年となるが、ラバウルの刑務所が閉鎖されて巣鴨に移されると、自ら志願してまだ刑務所が残っているマノス島の刑務所に行き、部下たちのために尽くす。刑期が終わると自宅の庭に3畳の部屋を立てて、部下たちやその家族を訪問したりする以外は、そこで幽閉されるように過ごしたという。

実は戦争関係の読書はもう一冊あって、なかにし礼の『戦場のニーナ』も読んだ。満州に侵攻したソ連軍に引き取られた日本人の残留孤児の戦後をめぐる話で期待して読んだが、全く駄目だった。
『責任』や『ながい旅』を読んだ後にはあまりにも嘘っぽく見える。なかにし礼の『長崎ぶらぶら節』はそれなりにおもしろかった記憶があるが。

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