中江兆民から日中関係を考える
中国と領土問題でもめている時に、ちょっと物騒な本を読んだ。中江兆民の『三酔人経綸問答』。中江兆民(1847-1901)といえば、明治の民権派であり、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』を翻訳したことで知られている。この本は、明治期の日本が国際的にどのような道を歩むべきかを1887(明治20)年に示したものだ。この本を知っている人は何をいまさらと言うかもしれないが、初めて読む私には目から鱗の内容だった。
この本は3人が酔った勢いで、思ったことを自由に話すというものだ。
まず「洋学紳士君」は、日本は経済的にも軍事的にも欧米の先進国に及ばないので、「民主、平等の制」を確立して軍備を撤廃し、国全体を「道徳の花園」とし、「学問の畑」とすればいいという。そして万が一凶暴な国が攻めてきたらという質問に対しては、武器一つ持たず、自らの主張をして死ぬしかないとする。
これに怒った「豪傑君」は、アジアかアフリカに大きな国があり、資源が豊かだが統制ができていない。その国に攻め入って自国とすれば、日本は一挙に大国になることができる。首都も移した方がいいという。もちろん中国の話だ。
この二人の意見を聞いた「南海先生」は、何も隣国に侵略して恨みを買うことはないし、かといって野蛮な国が攻めてくるのに座して死を待つこともないと中間の道を示す。小さな軍備では侵略には不十分でも、防衛には十二分だろうから、民主制度を広めると共に軍備を持ち続けることが大事だとする。「豪傑君」のいう隣国が中国だとしたら、日本は友好関係を続けることが結局は日本の得になるし、中国が日本にとっていかに大きなマーケットになる可能性を持っているかまで言及する。
この本が出てから120年たった。日本は「豪傑君」の主張通り中国を侵略して最終的に敗戦を迎えた。戦後は「洋学紳士」の言ったように非武装を掲げて再出発した。しかし次第に「専守防衛」の名目で自衛隊ができた。まさに「南海先生」の言う通りになった。
明治の半ばにして、恐るべき洞察力である。今日に至る左翼から右翼までのすべての政治的思想が含まれている。これを「酔った勢いで話した三人の話」として書いた中江兆民のセンスの良さといったら。
この本は岩波文庫に入っているが、幸いにして最初に現代語訳がついている。その部分だけなら100ページ余り。これを読んだら領土問題で怒っている人も冷静になれるのではないか。「虚声を預測するときは頗る畏るべきを見る。各国の相疑ふは、各国の神経症なり」。
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