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2010年10月24日 (日)

戦時中のカッポウ着が示すもの

前から気になっていたことの一つに、戦時中の女性が出征兵士の見送りに必ず着ているカッポウ着があった。最近の映画で言うと『キャタピラー』の寺島しのぶがそうだ。まるで台所から出てきたままのように、大きめのカッポウ着を来ている姿がポスターにも使われている。最近読んだ岩波新書の藤井忠俊著『国防婦人会 日の丸とカッポウ着』は、その姿の意味をわかりやすく説明してくれた。

軍人を支持する団体としてもともと「愛国婦人会」があったが、これはエリート階級の女性が参加するものであった。それに対して1932年に大阪で発足した「国防婦人会」は、最初からカッポウ着のタスキ姿で街頭で軍への献金を呼び掛ける団体で、普通の主婦たちが集まったものだ。彼女たちは募金に飽き足らず、大阪港に出入りする船に乗る兵士たちの見送りや出迎えを始めた。お茶のやかんを持って兵士たちに配る母に似た家庭婦人の姿は、兵士たちに大きな反響を呼んだ。
決定的だったのは、それを大阪朝日新聞が一大キャンペーンを張って応援したことだ。報道のみならず、国防婦人会の組織づくりや趣意書の文面に至るまで朝日新聞が手伝ったようだ。そうして数十人の団体が何万人となり、やがて全国に広がって大きな団体となった。

この本を読んで驚くのは、この団体の広がりがあくまで下からの自発的なものだったことだ。もちろん朝日新聞の仕掛けもあったし、途中から軍も正式に支援するが、広がってゆくのは女性たちの自然な盛り上がりだ。そうして愛国婦人会をも合併してゆく。
彼女たちは見送りのみならず、次第に「贅沢は敵だ」といった非常時生活の指導にも熱心になる。あるいはバケツリレーの練習を始める。

戦争末期の国防婦人会のリーダーの一人に、戦後の女性運動の中心となった市川房枝がいたのにも驚いた。戦時中のカッポウ着の女性たちは、戦後の女性運動へとつながっていたのである。考えてみれば、国防婦人会は普通の女性だけが集まって活動をし、何らかの主張をする初めての団体だったわけで、その広がりが女性運動につながるのもわかるような気がする。戦後の街頭デモでも、カッポウ着姿は多い。

カッポウ着というのは、国防婦人会が始まった時に偶然に決めたようだが、抜群のアイデアだと思う。あの姿には誰も逆らえない。

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